ランナーズ・ジャーナル JAPAN (Runners-Journal.Jp)

事実に基づいた「真実のコラム」を掲載しています。今だからこそ伝えたい「本当のこと」をありのまま伝えたいと思います。

カテゴリ: アスリートのキャリア教育

「日本の大学生が、ユニバーシアードでメダル独占!」とメディアは騒ぐ。

しかし、現実は、まったく違う。

アメリカの学生の方が、卒業後の伸びしろがある。

アメリカ記録と日本記録の違いを見れば将来の伸びしろの違いが分かる。


(Workout Wednesday:BYU Women Fartlek by FloTrack)

日本の中高生のように痩せ細ったような選手は、いない。

自然体で育つことが、将来の伸びしろをつくる。

BYUの選手達がトップ選手だという訳ではない。

きっと、日本の大学生の方が速いだろう。

しかし、論点は、そこではない。

こういう学生達が、大学卒業後に本格的に競技に打ち込むことで大きく成長する。

それが、アメリカの選手が世界のトップレベルになる理由だ。



こんなゴールシーンを日本人選手がするのを見てみたい。

Emma Coburn選手は、コロラド大学出身。

高地合宿で有名なコロラド州・ボウルダーで練習を積んできた。



陸上競技をしている中高生へアドバイスをしたいと思う。

将来、オリンピック選手になりたいなら、迷うことなくアメリカへ行きなさい。

出来るだけ早い段階でアメリカの高校・大学への進学を決めて行動をしなさい。

30歳になった時、絶対に「アメリカで陸上をして良かった」と感じるはずだ。

日本の大学を卒業するよりも、アメリカの大学を卒業した方が遥かに将来が安定する。

陸上しかできない人間のままでは、将来、安定した生活は保障されない。

特待生として高校へ進学して、その後、大学・実業団へ入っても意味はない。

オリンピック選手になってメダルを獲得するくらい活躍をしないと価値はない。

高校駅伝や大学駅伝の華やかさに惑わされることはない。

箱根駅伝ではメシは食えない!を読んで将来の道筋を考えて欲しい。

今から、10年先、15年先を見据えて行動して欲しい。

勇気と決断、そして、覚悟があれば、きっと大きく成長できる。

自分自身に夢を抱いて日本を飛び出し世界へと羽ばたいて欲しい。

そういう選手が出てくることを期待している。

アスリートの為の「セカンドキャリア教育」が必要。いや、それ以前に「デュアルキャリア教育」が大事だと言って、そこにビジネスチャンスを見出した企業が投資を始めている。

それは、当然、必要なことである。いかにトップアスリートと言えども、毎日24時間フルに練習をしている訳ではない。空き時間は沢山ある。その時間を使って「引退後に役立つ資格や知識を得る」ことは良い取り組みだと思う。

所属企業の勤務形態にもよるが、会社に出勤しないで練習だけしている選手は、多くの時間を持て余している。例えば一日3時間。一ヶ月で90時間。一年で1080時間。現役を十年続けると1万800時間。莫大な時間を何もせずに持て余している。ベテラン選手になれば時間の使い方が分かってくるので、自分のカラダを良い状態に保つ為にカラダのメンテナンスや個人トレーニングに時間を充てる選手もいる。しかし、殆どの場合、時間を有効に使っているとは言えないのが現状である。

陸上選手の場合、一日に4〜5時間は、何もしていない『空き時間』がある。

その『空き時間』を使って『引退後の人生の為のキャリアを磨く』というのが、フェンシング協会太田会長の考えだ。数年前から、そういう流れになってきてはいたが、協会をあげて明確に方向性を示したのは今回が初めて。発想は勿論、それを形にして行動に移したのは画期的なことだ。きっと、大きな流れを生むきっかけになるに違いない。

しかし、敢えて、ここで問題提起をしたい。アスリートのキャリア教育は「あとづけ教育」では難しいということを問題点を挙げながら話してみたいと思う。

問題点は、2つある。

1)ジュニア期の学習習慣の構築
 アスリートの中には、「学習習慣」がない選手が多くいる。中学生の頃から競技力に長けていて、実績をあげている選手は「受験」というシステムを一切経験せずに高校・大学へと進学していく。良く見かけるのは「うちの子は勉強が苦手で…」「練習が終わると疲れてしまって勉強どころではない」と平気でいう親の姿。「うち子は、兄弟すべてスポーツの特待生で大学まで進学している。勉強などしなくても大学に入れている。勉強が必要だと感じたことはない。」そう堂々と言う親を様々な競技で見かける。「うちの子は野球でプロを目指すので勉強は必要ない。」そう本気で思っている親を見ると「セカンドキャリア」「デュアルキャリア」と言う以前に、その基礎となる「学習習慣」をジュニア期に身につけさせることが重要な課題であると感じる。


2)監督・コーチ陣の理解
 もうひとつの問題は、まさに現役のトップアスリートが抱える問題。所属チームの指導陣が、どの程度、キャリア教育への理解があるかという点だ。実は「キャリア教育」については、10年以上前から既に取り入れようとしていた実業団チームがあった。朝練習から午後練習までの『空き時間』を使い、①エクセルの使い方、②パワーポイントの活用法、③語学教育、④プレゼンテーションスキルの習得などのカリキュラムを組んで『選手の為の社内教育』を行おうと試みた。しかし、先に述べたように『学習習慣』のない選手達は居眠りをするばかりで一向に『学ぶことへの意欲』を見せない。監督・コーチ陣も「そんなことをしても無駄だ」「そんなことをするなら、カラダを休ませた方がよい」と言って、否定的な態度を見せた。その結果、1ヶ月も経たないうちに、その試みは取りやめになった。「選手は余計なことをせずに練習だけに打ち込んでいれば良い」という指導陣の固定概念が変わらなければ、本当の意味でのキャリア教育は発展していかない。

<アスリートに必要なこと>
プロ野球選手、Jリーグ選手などが引退してから監督や解説者になれるのは、極々一部の選手であって、殆どの選手は、その後の生活に苦難が強いられる。「食べていくのも難しい状態」になる選手もいる。悪の道に誘われてチンピラまがいのことをする選手もいるのが実情だ。キャリア教育の構築が大事。

先に挙げた2つの問題を解消するには、とても大きな壁が立ちはだかる。ジュニア期の学習習慣の構築と実業団チーム内でのキャリア教育の構築が出来てこそ、引退後に露頭を彷徨うアスリートがいなくなることに繋がるだろう。

日本が世界レベルの男女平等感覚を持っていたら、こんなチームは必要ない。

東京五輪まで半年に迫っている今になってやるべきことではないはずだ。

今更こんなチームを立ち上げてアピールしても恥の上塗りをするだけ。

「IOCからは好評価を頂いた」というセリフが虚しく聞こえる。

そもそも論になるが、森前会長の女性蔑視発言があった時点で終わっている。

森元会長の”あの発言”は今後も永遠に消えない。

五輪が継続する限り永遠に人々の記憶に残り続ける。

慌てて会長を女性にしても…ジェンダー平等推進チームを立ち上げても…

そのポジションに女性を起用しても…今となっては全く意味をなさない。

あるIOC関係者と海外メディア関係者からの話である。

「日本国内のワクチン接種が進むというのが条件になるが」

「今のままなら予定通り東京五輪は開催されるだろう」

「ほぼ間違いなく今夏に東京五輪は開催される」

「日本は、相変わらずコロナに打ち勝った証しと叫んで開催する」

「そして、男女平等を推し進めている国としてのイメージを前面に出す」

「建て前を大事にする日本が、国際的な体裁を気にすることは分かっている」

「それでも、東京五輪開催にあたり大会規模は小さくなくだろう」

「当初、日本が謳っていたコンパクト開催になる」

「観客が居ても居なくても関係ない」

「海外選手が参加を見送っても関係ない」

「その方が日本のメダル獲得数が増えるので好都合」

「開催さえすれば日本にとっては、大きなプラスになる」

「日本が気にしているのはコロナ対策ではなくメダル獲得数」

「メダル数が多ければ多いほど”コロナに打ち勝った証し”と胸を張る」

「日本がとる行動は目に見えている。メンツを保つ為にも絶対に開催するだろう」

「一番の見せどころが男女平等推進チームになったことで一気に開催への動きが加速する」

山口香氏ではなく高橋尚子氏でもない。小谷実可子氏をヘッドにしたのがその証拠。

イメージアップ目的の起用であるのは明白。

それが、IOCのおじさまたちには受けると踏んでの起用。

だったらそれに乗って推し進めていけばよい。

橋本聖子新会長と小谷実可子ヘッドが日本の女性活躍の顔として役目を果たせばよい。

能力など何も必要ない。調整力・政治力・マネージメント力などは一切必要ない。

大会終了までの間、そこに居てくれれば日本のメンツが保てて体裁がよくなる。

男社会の日本の政治家が考えた最高の策がジェンダー平等推進チーム発足。

まさにそう言っているかのようなあまりにも滑稽なドタバタ劇。

国を挙げてのドタバタ劇を我々は温かく見守るしかない。

「アスリートとしての価値を高める」

これを教えている指導者が、どれだけいるだろうか。

実業団、大学、高校、小中学校、ジュニアクラブチームなどのコーチングスタッフからは、この言葉を聞いたことはない。

例えば、陸上が盛んな県の、あるジュニアクラブチーム。自分のクラブチームが、如何に凄いかに拘り、良い記録を出すことだけを教えている。まだ成長期にもなっておらず、骨格形成がなされていない小学生に「これが、科学的トレーニングだ。こんなのやっているクラブは他には無いんだぞ。うちのチームが一番進んでいるんだからな。〇〇中学とか〇〇高校は、教え方が下手だから記録が出せないんだ。」と言って胸を張っていっているコーチングスタッフ。

勘違いも甚だしい。教えることが逆である。

「今、君たちが良い記録を出しても、それは、殆ど意味がない。小学生時代の全国大会出場も将来的には役に立たないことを覚えておきなさい。今は通過点であってゴールじゃない。君たちが目指す舞台は、高校や大学へ入ってからだぞ。それまでにしっかりカラダをつくって、大きな舞台で活躍するのに必要な”カラダの使い方”と”心”を養いなさい。大きくなってから活躍する自分の姿をイメージして”自分の価値”を高めなさい。」

そんな風に指導するコーチと出会えたら、子供の将来は、大きく違ってくる。

 〇スポーツを極めることはギャンブルだ
 〇物事の価値を生むのは人が求める数だ
 〇思った通りに動く体の使い方を教える事
 〇自分がやっているスポーツの価値を教える事

アスリートの『キャリア教育』に必要なこと にも書いたように、「考える力」を養わないとアスリートとして大成はしない。ただ闇雲に練習をさせても、心とカラダの”伸びしろ”が、無くなってしまい、いずれ限界を感じてしまう。そうならない為にも、競技に対する考え方をジュニア期から教えることが重要だ。

小中学生、あるいは、高校生の時から教えなくてはならないこと。それは、記録を出すことでも、順位を争うことでもない。アスリートとしての価値を高める意識を持たせることだ。それが前提となって現役引退後のセカンドキャリアに結びつく。

今、教えるべきことは、何か。それを良く考えてジュニア選手の指導をして欲しいと願う。

「名選手は、名指導者にはならない」

「自分の感覚で走りを教えても、その感覚は”普通”の選手には理解出来ない」

「特に長距離の場合、選手が走れない理由を理解するには相当な指導経験が必要」

それが定説であり、大抵のケースに当てはまるというのが常識となっている。

「こうすれば速く走れる」

「こういう動きをすれば記録は伸びる」

速く走れるようになるコツを教えようとしても、ほぼ、それは伝わらない。

何故なら、それ以前に”速く走れない理由”が解決出来ていないからだ。

速く走れる技術やトレーニングを教えるのは、ある意味、簡単。

マニュアルさえあれば誰でも出来ると言っても過言ではない。

しかし、その選手が抱いている「なぜ速く走れないのか?」を解決するのは難しい。

それを自分で考えられないから一流選手になれずにいるのは、選手自身が分かっている。

多くの元トップアスリートが間違えるのは、自分の経験を語れば理解されるという点。

芸能人を見るような目で見られているということは、距離感に大きな隔たりがある。

「いい話が聴けた」

「すごく為になった」

「〇〇選手に会えて嬉しかった」

そう思われているうちは、共感性は生まれない。つまり、心には届かない。

もうひとつ。指導者として箔をつける為に大学院に通う元アスリートが陥る失敗。

大学院で知識を得れば指導力が上がったという思い違いほど痛いものはない。

大学院に通いスポーツに関する専門的な知識を学んでも実際には何も変わらない。

指導現場に立てば、知識を教えるよりも先にやらなければならないことが山ほどある。

選手との信頼関係の構築。

選手自身の育ってきた背景の理解。

心の伸びしろがどの程度あるかの見極め。

そういう選手の内面を深く理解しなければ、どんな立派な言葉でも伝わらない。

どんなに有名な元日本代表選手の声であったとしても、選手の心には届きにくい。

選手自身が抱えている本当の問題や心の迷いを理解していなければ馬の耳に念仏である。

女子選手の場合、指導力よりも指導者の人間性を瞬時に察知してマウンティングする。

顔では「ありがとうございます、参考になります」と言っても内心は違う。

「そんなことは百も承知している」

「そうじゃないんだよ、そういうことじゃない」

「あなたはワタシの気持ちを何も分かってくれていない」

そんな風に心の中で思っている。

男子選手の場合は、もっと厄介である。

「それは、あんたの経験だろ。俺はあんたとは違う」

「俺が考えているのは、そんな単純な理屈じゃないんだよ」

「口先だけの言葉で速く走れるなら、とっくにやってるし…」

これが選手達のホンネであることに気付かないのでは信頼関係など生まれない。

大学院で学んだと自負する自信満々な指導者は選手の心の声を掴むことが出来ない。

「大学院に通い最先端の理論を学んだんだから、この知識を活かして選手を育てたい」

そういう気持ちがあるうちは、まず間違いなく指導者のやる気は空回りする。

選手には、にわか仕込みの知識をひけらかしているようにしか受け取られない。

学ぶことは大切だし、知らないより知っている方が役に立つことは多くある。

しかし、知識に頼った指導をするのでは、自分の経験が役に立たなくなる。

折角のトップアスリートとしての経験が活かされないのでは勿体無い。

知識と経験の両方をアスリートに必要な知恵として活かせば言葉に重みが生れる。

上から目線で専門知識を教えるのでは心に響かない。

昔の経験を語っても固く心を閉ざした選手には伝わらない。しかし…

ちょっとした知恵を授けるというスタンスの指導が選手に伝わりやすい。

選手の立場に立った指導が選手の心を掴むきっかけになるだろう。

大事なのは「こうやれば出来る」という指導スタイルからの脱皮。

「カラダのここをこういう風に動かせば、こういう風に走れる」

そんな難しい説明では、選手は理解出来ない。

その言葉で速くなるような選手は、よほどの素質がある選手だ。

大抵の選手は、その感覚が理解できない。その動きが真似できない。

だから、どんな元有名選手のランニング教室に行っても速く走れるようにならない。

「〇〇さんと〇〇さんのランニング教室に行ったけど記録が伸びない」

「色んな話を聞いて色々と試したけど記録は落ちている」

実際に、そういう声は良く聞く。だからこそ、目線を変えることが大事。

「やってもやっても出来ない選手」

「動きのコツが掴めない選手」

「真似が出来ない選手」

そういう選手を指導するという認識を持つことが分かりやすい指導へと繋がる。

世界の舞台で戦った経験は、百億円出しても得られない大切な財産である。

自分が経験してきたことを一般の子供から大人までに広く伝えることも大切なこと。

その言葉をきっかけにして競技力向上のヒントを掴んで感謝されることも少なくない。

ただ、一般の方から感謝されるのと実際にゼロから育て上げるのとは訳が違う。

伝えたいことを理解させる難しさは、実際に指導現場で教えなければ分からない。

更に言えば、普通の選手を教えるのとトップレベルの選手を教えるのは全く違う。

既にトップレベルの選手を教えて現状維持させてもそれは指導力とは言えない。

極論すると、選手は指導者がいなくても育つ時には勝手に育っていく。

選手が欲しいのは、技術の指導ではなく心の理解者である。

不安な気持ちを理解して寄り添ってくれる存在。

些細な心の変化に気付いてくれる存在。

同じ目線で悩んでくれる存在。

指導者とは、そういう存在であることを理解できれば選手の心を掴める。

指導者が自分の役割を理解できたら、選手は必ず結果を出してくれる。

現代風「名選手名指導者になる心得」として覚えておいて欲しい。

NHKが放送したストーリーズ「もう一度お前とリングへ」というドキュメンタリー。

ボクシング元世界王者の比嘉大吾選手と彼の復活を支える野木丈司トレーナーの物語。

野木丈司トレーナーは、マラソン指導の名匠・小出義雄氏の教え子のひとりである。

千葉県トップ10に入る超進学校である千葉県立佐倉高校教員時代の教え子にあたる。

偏差値70を超える進学校を全国高校駅伝出場に導いた立役者が野木丈司トレーナー。

佐倉高校のエースとして県駅伝1区を走り、強豪校の選手を倒してトップで襷を繋いだ。

高校入学時には既にボクシングをしていた野木氏を長距離選手へと育てた小出氏。

「高校卒業後は、ボクシングの世界へ進む」と決めていた野木氏。

その気持ちを察して陸上部の練習にボクシングを取り入れていたという逸話もある。

”褒めて伸ばす”指導として有名な小出氏だが、実際には、妥協のない厳しい指導をする。

高校教員時代も同じである。

長生高校、佐倉高校、市立船橋高校での赴任期間に数多くの実績を残してきた。

常識ではあり得ない猛練習を高校生に課して生徒達の才能を開花させている。

特に距離を踏むことに関しては、相手が高校生だろうと手加減はしなかった。

それについてこれる選手は、インターハイや高校駅伝で活躍した。

実業団チームの監督時代には、その指導に耐え抜いた選手が世界の舞台で活躍した。

佐倉高校教員時代の小出氏は、自分も走りながら指導をしていたという。

選手に厳しい練習を課す分、自分も生徒の横を走っていたという小出氏。

常に選手と共に歩む野木トレーナーの指導スタイルは、小出氏の姿と重なる。

小出義雄氏の指導遺伝子を受け継ぐ教え子の一人として野木氏は選手と共に歩み続ける。

野木トレーナーの今後の活躍を小出義雄氏も天国から見守っていることだろう。

現役の日本記録保持者が日本選手権に出場できない。

トップアスリートとして最低限の力の証である標準記録が突破できない。

短距離選手の場合、100mの標準記録が力の目安となる。

長距離選手の場合、5000mの標準記録が自分の立ち位置を示す。

それが破れない選手がいるのは、残念であり、悲しい現実である。

プロのサッカー選手や野球選手は「戦力外通告」されることで自分の姿を客観視できる。

契約してもらえない自分の姿を素直に受け入れられない選手もいるだろう。

「なんで俺が…」と憤りを抑えられずに現実逃避する選手もいるだろう。

プロ選手なら、そういう「前触れ」が自分と向き合う機会となる。

自分自身を冷静に見つめる機会があるのは精神衛生的にも良い。

アマチュアスポーツの場合、「踏ん切り」をつける機会がない。

周囲が「はい、これまで!」と言わないことは罪である。

メディアも「変に勘違いさせる」報道の仕方をする。

「まだ走れる。まだ活躍できる。さすがだ!」

そう言って踏ん切りをつけるタイミングを失くさせる。

それが精神衛生上、一番良くないことを知らない。

良くないことと知っていて夢を見させるのは残酷である。

中学生よりも遅い記録でしか走れない現実。

自己記録から大きく遅れる走りしか出来ない現実。

そういう状況下にいる元トップアスリートへのメンタルケアが何よりも大事。

勝てなくなってしまった現実を理解させることもコーチングスタッフの役目である。

日本選手権に出場しなくても自分の限界まで走る機会はいくらでもある。

日本選手権以外の大会でも自分を高められる場はある。

活躍の恩恵を受けた所属チームがすべきこと。

それは、退き際を飾る舞台を用意すること。

陸連とスポンサー企業と陸上ファンが協力すれば最後の舞台は演出できる。

「美しい退き際」を皆の力を合わせて用意することが選手の命を救う。

期待だけ持たせて、ネタとして活用し、ボロボロになるまで使う。

引っ張るだけ引っ張って、最後の一滴まで搾り取る。

そして、ある日突然、崖から突き落とす。

そういう悪しき流れは終わりにして、美しく第一戦から退く文化を作って欲しい。

それが選手達の引退に対するイメージを変えて精神状態を安定させることに繋がる。

政治行政に元スポーツ選手が参入する場合、殆どの場合が”お飾り”的な要素が強い。

頭の良いブレーンを側近に置けば置くほど力不足を露呈してしまう。

初代スポーツ庁長官として5年の任期を終える鈴木大地氏。

この5年間で一体何を成し遂げたかは全く不明である。

地道な活動をされてきたのだと推察するしかない。

学校教育に関する部活動改革は未だ道半ば。

現役アスリートに対する支援体制も大きな成果を上げていない。

東京五輪が延期となり最大の見せ場を失くした鈴木大地長官。

10月から就任する室伏広治新長官の手腕に期待がかかる。

「語学が堪能」

「海外との人脈がある」

「周囲からの信頼度が高い」

いずれも政治行政に携わるプロの政治家は、当たり前に兼ね備えている能力。

そんなことが「強み」であると話題になること自体が間違っている。

大事なのは、人に嫌われるのを承知の上で決断する意思決定力。

時には、国民からNOと言われて大きな反発をされながらも突き進む突破力が必要。

10年先、20年先を見据えた施策を打ち出し、ブレることなく遂行する実行力が求められる。

嫌われ役になってでも将来の日本スポーツ界に役立つ土台を作るのが一番の仕事である。

今、日本のスポーツ界がやらなければならない課題は山積している。

コロナ禍にいながら小中学生からプロアスリートまでが夢を抱ける社会環境の整備。

陸上競技をしている選手達が他のプロアスリート並みの収入を得られる仕組み作り。

セカンドキャリアという出口教育ではなくアスリートとして生きる初段階での教育。

アスリートが競技以外の場所で生き抜いていける力を養うことはジュニア期から始まる。

本来、取り組むべきことは、そういう観点でのトップアスリート育成プログラム。

5年の月日を費やしてもスポーツ界は大きな変化を遂げていない。

日本の財産であるアスリートを救い活用する施策は、未だ大きな成果を上げていない。

鉄人室伏広治と呼ばれた最強アスリートだからこそ”お飾り”ではない活躍を期待したい。

大迫傑選手が率いるチーム「Suger Elite」のミニキャンプ詳細が発表された。

参加費は、下記となっている。

<長野県合宿詳細>
 期 間:8月17日~24日(8日間)
 指導料:154,000円
 宿泊費:  81,900円
 レベル:  5000M 13分55秒以内
           14分00秒未満(高校生・大学1年生)
     10000M 28分40秒以内
 審査法:小論文800文字以内
 募集数:10人前後
 奨学金:選考された2名は費用を免除

一部の陸上関係者やメディアは、費用総額235,900円を話題にしている。

日本のスポーツ界には、未だにアマチュアリズムが根強くある。

学校に通って監督・コーチから指導を受けていれば余計な費用は掛からない。

指導料を払うということへの抵抗感が未だに払拭されない。

現役日本記録保持者と一緒に過ごす機会を与えて貰えることの価値が分からない。

ミーハーな気持ちで、憧れだけで合宿参加しても邪魔なだけ。

力のある選手が、より一層の力をつける為に真剣に練習をする貴重な時間。

それは、理屈ではなく、お金には変えられない。

想い出作りのひとつとして考えていては、参加する意味はない。

部活の延長みたいな考えで陸上をしていたら、その金額を出すことに躊躇する。

ハッキリ言って、この金額は、格安だ。

世界屈指のエリート校・IMGアカデミーの短期キャンプ参加費用は、8日間で337,185円。

これには、渡航費などは含まれていない。

一流の選手(コーチ)から一流の指導を受けるには、当然の金額である。

それを望まなければ、行かなければ良いだけである。

大迫傑選手のチームに参加することは人生を変える大きなチャンスだ。

学校の顧問や監督から指導を受けることとは、全く価値が違う。

その価値を理解していれば、迷うことなく決断できるはず。

本物のルイヴィトンの財布が、10万円するとしよう。

ルイヴィトンに類似の財布は、500円で買えるかもしれない。

見た目は同じでも実際には、質も価値もまったく違う。

「うちは、これでええねん」と言えば、それで済んでしまう。

「500円で買えるものを10万円も出すなんて、ばかばかしい」

それは、個人の価値観だから、それぞれが選択すればよい。

本物を掴まなくても、類似品で満足出来れば、それで良い。

10万円を出して本物を掴みたい人は躊躇なく10万円を出す。

「財布にそんな大金を出す必要はない。500円の財布で十分だ」

そう考える人は、500円の類似品を持って満足する。

500円の財布で満足する人は、永遠に10万円の財布の価値は分からない。

人の価値は多種多様。それぞれが本当に望むモノを掴めばよい。

日本のスポーツ界、特にアマチュアスポーツは、お金に対する認識が低い。

「学校の部活に行けば無料で教えて貰えるのに何でお金を掛けるのか?」

スポーツ指導を無料で指導を受けるのが当たり前になっている。

そもそも、それが間違っている。

学習塾にはお金を掛けるのにスポーツにはお金を掛けない。

まったくもって間違っている。

お金には変えられない貴重な経験や時間の使い方がある。

それを良く理解した上で自分の進むべき道を選ぶべき。

陸上選手として成長するチャンスがあるなら何が何でも掴むことが大事。

知らなかったことを知ること。見たことないものを見れること。

今まで誰も経験したことのないことを経験できること。

それ以上に価値があり、貴重な財産になることはない。

それを理解出来た選手が、千載一遇のチャンスを掴む。

モノに価値を見出すのは、自分自身の器を示すバロメーターとなる。

世界での活躍を本気で目指す、器の大きな選手が集まることを期待したい。

小学生の時に大活躍してスーパキッズと呼ばれた子供の90%は姿を消していく。

中学校でも同じ。全中チャンピオンが、なぜ、五輪までたどり着けないのか。

もっと身近なことで言うと分かりやすい。

小中学校の時に足が速かった子供は、箱根駅伝までたどり着けない。

全中陸上で活躍しても箱根駅伝に出場できない選手は数多くいる。

短距離選手は、もっと残酷な現実が待っている。

ズバ抜けて足が速かった子供は、インカレまでたどり着けずに競技をやめていく。

高校から伸びてきた選手が、インカレや日本選手権で活躍をする。

肉体的な限界?早熟だった?元々、陸上は好きではなかった?

笑わせないで欲しい。そんな言い訳は通用しない。

早熟だったなどと言って競技生活を終える時代ではない。

これだけ世界中のトップアスリートの情報が手に入る時代である。

トップアスリートが、どんな風に育ったか。どんな練習をしてきたのか。

それらは、ネット上で全て知ることができる。

分からなければSNSを通じて訊けば良いだけである。

必要であれば英語でもドイツ語でもフランス語でも覚えればよい。

翻訳ツールもある。動画を送ることも出来る。世界との壁はない。

トップアスリートと直接、繋ることができる時代である。

その努力をせずに、親の狭い枠の中で育てようとする。特に母親。

「娘のことは、私が一番理解をしている」

「息子は私がつくる食事が一番合っている」

「私が世話をしなければ精神的に不安定になる」

「誰よりも私が一番力になれる」

本気でそう考えている親が世の中には溢れている。

どんなに良い知識を専門家から与えて貰う機会があっても、それを活かさない。

自分の知識を超えるアドバイスは、一切受け付けずに拒絶する。

子供が、自分以外の人から影響を受けるのを嫌う。

自分の元から離したくない。離れて欲しくない。

その一心で子供の為に必要な取り組みを敢えて避ける。

他のモノを受け入れると自分がしてきたことを否定された気持ちになる。

自分を超える存在がいることを子供に気付かれることを恐れて拒絶する。

こういう親の元で育つ子供は、確実に伸び悩み、数年後にいなくなる。

親が潰しているという現状が、今の日本には沢山ある。

特に陸上王国と呼ばれている県に多い。

親の自己満足の為に子供を利用する。

親が抱え込んでしまい他者を受け付けない。

目先の勝ち負けにこだわり勝てるレースしかさせない。

県外の学校に行きたいと言っても絶対にそれを認めずに家から出さない。

だからと言って、自分は他者から学ぼうとしない。

こうして能力のある子供が、親のエゴの犠牲となって姿を消していく。

この現状を変えるには、陸上界にも親の不安を取り除く仕組み作りが必要。

親が殻を破り腹をくくれるような安心して預けられる育成システムが必要。

大事なのは、3つ。

・人材発掘システム
・情報共有システム
・保護者用教育システム

親が変わらなければ、子供は育たない。

もうこれ以上、能力ある子供が、潰れていく姿は見たくない。

かつての輝きを失い、自信を失い、夢を失う姿を見たくない。

今だからこそ、オンライを利用したシステム構築が必要。

リモート人材発掘・育成・教育システムを日本陸連には強く求めていきたい。

これで野球しか出来ない”野球バカ”が減るチャンスになる。

全然勉強せずに高校へ入学出来てしまうスポーツ推薦制度の弊害。

「勉強するくらいならバットを振れ!」

「甲子園に行けば頭が悪くても大学へ行けるぞ!」

「勉強せずに野球に打ち込んだ奴ほどプロへの道が近づくんだ!」

そんな教育を平然としている中学・高校の野球部監督が全国には山ほどいる。

「野球をする為に高校に入学したんだから野球さえやっていれば良い」

「俺は、監督からスカウトされて、この高校に入ったんだから野球だけする」

「野球で結果を出せば学校の宣伝になるし、みんな喜ぶ」

そんな風に勘違いをしている高校球児も山ほどいる。

春夏の甲子園が無くなったことで目が覚める生徒がいて欲しい。

「野球だけをしていたら社会生活から置いて行かれるんだ」

「ちゃんと勉強をして、ちゃんと将来のことを考えなきゃダメなんだ」

そういう意識に変わってくれるきっかけになって欲しい。

高校球児が泣く姿をニュースで紹介する必要などない。

五輪が延期になり、世界規模の大会も行われていない中で察しはついている。

まったく寝耳に水だったなどと語る生徒などいない。

高校生でも今は開催できるような状況ではないのは百も承知だ。

この状況下でも泣き崩れるような生徒には、もっと勉強させる必要がある。

その程度の認識力しかないような生徒には、野球よりも勉強が必要である。

甲子園に行けば、赤点を見逃して貰える時代は、とっくに終わっている。

名門校の野球部員だからと言って勉強しなくて良いなどは言語道断。

今こそ、高校球児たちにも「普通の高校生活」を経験して欲しい。

野球しか出来ない”野球バカ”をつくる球界の仕組みを変える最大のチャンス。

通常は夏の甲子園(本選・予選)が終わったら勉強に切り替える高校球児。

勉強と野球を両立してきた生徒には、踏ん切りがつく絶好のタイミングだ。

むしろ甲子園中止は彼らにとって好都合。気兼ねなく勉強に打ち込める。

バットとボールをノートとペンに持ち替えて、思い切り勉強に専念できる。

それでこそ、本来の高校生の姿だ。

これを機に各学校の野球部員が学習に対する認識を変えて勉学に励んで欲しい。

47都道府県予選の準決勝(ベスト4)以上に進める学校は188校。

それらの学校から1000人の署名を集めれば、18万8千もの数が集まる。

2000人の署名が集まれば、37万人もの莫大な数になるだろう。

甲子園に行きたいと思っている学校の保護者が真剣に署名をすれば簡単に達成できる。

しかし、甲子園開催を求める署名は、わずか1万人程度。

つまり、殆どの学校の関係者・保護者は、それほど開催を望んでいない。

そう考えるのが妥当な数字の見方だ。

実際には、メディアが騒ぐほど甲子園開催を望んでなどいない。

殆どの国民は、現状を良く理解している。

修学旅行にさえ行けない状態である。

学校行事は、ひとつも行われていない状態である。

それなのに、金の亡者となっている関係者は、未だに理屈を述べている。

「経済効果を考えれば、数百億円の経済損失がある」

「高校球児たちの将来が心配だ」

「今まで必死に甲子園を目指してきた生徒の夢を壊すのは残酷だ」

感染リスクは、綺麗ごとでは済まされない事態であるのを未だに理解していない。

甲子園を真剣に目指している学校。

野球を仕事として将来を決める生徒。

そんなのは、日本国内の全高校生の中の極々一部でしかない。

一部の私立高校が認知度を上げて受験者数を増やす為に野球に力を入れているだけ。

甲子園が開催されなくても痛くも痒くもない高校生の方が圧倒的に多い。

それを間違えてはいけない。

スポーツをやっていれば将来の道が開けると思ったら大間違いだ。

そういう考えで野球や他のスポーツをしているとしたら大きな勘違いである。

スポーツだけをしていてもメシは食えない。

箱根駅伝ではメシを食えない。

甲子園でもメシは食えない。

メシが食える程の選手になれるのは、ほんの一握りしかいない。

甲子園というまやかしの舞台があるから将来、道を誤る高校生が生れる。

自分達は、特別な存在だと勘違いをしたまま育つことで生き方を間違えてしまう。

夏の甲子園が開催されても開催されなくても実際には関係ない。

甲子園が人生を切り開くのではない。

甲子園が将来を輝かせるのではない。

甲子園が立派な人間を育成するのではない。

高校生としてやるべきことをして、一定の学力を備えておけば人生は開ける。

高校生として普通に学業をして、普通に進路選択をすれば、将来への道は開ける。

自分達が特別だと思ったら将来間違いなく失敗する。

自分達が国民に夢を与えていると思ったら自分の価値をはき違えてしまう。

甲子園が無くても「存在価値」を表現できる高校生になるのが本当の教育だ。

高校球児、指導者、学校関係者は、今こそ必要な教育は何かを考える時だろう。

甲子園は、決して特別な場所ではないことを深く理解して欲しいと願う。

脇田茜という陸上選手ほど天と地を味わった選手はいない。

須磨学園高校時代には、一年生アンカーとして全国高校駅伝優勝!

しかし、三年生の時には、試合前日に補欠に回される悔し涙を飲んだ。

その時の優勝は、エース新谷仁美が率いる興譲館高校(岡山)。

脇田茜は目の前でライバル校の優勝を見ていた。心から悔しいと思ったという。

脇田茜は、豊田自動織機入社後、2年目(2007年)に1万Mで大活躍する。

兵庫リレーカーニバルでは、31分39秒32の日本Jr.記録(当時)を更新。

日本選手権では、序盤から大きく遅れる苦しい展開になるが後半息を吹き返す。

粘りに粘る走りを見せて見事に世界陸上代表の座を獲得する。

同年夏に行われた大阪世界陸上に日本代表として出場。世界の舞台を経験した。

しかし、東日本実業団女子駅伝では故障の影響で失速。チームも予選落ちとなる。

だが、そのままでは終わらないのが脇田茜という選手の強さだ。

翌年の東日本実業団女子駅伝では、王者三井住友海上に肉薄するレースをして2位。

12月の全日本実業団女子駅伝では、チームを優勝に導く大激走を見せた(5区)。

実は、脇田茜と同期入社したのが、現在、日本女子長距離界を引っ張る新谷仁美。

当時、共に全国高校駅伝優勝を経験しているゴールデンルーキーとして期待された。

この二人は、須磨学園と興譲館の出身ということもあり入社当初は口もきかない仲。

負けず嫌いなのはアスリートの性だが、ライバル意識が強く全く折り合いが悪かった。

しかし、最強のライバルが力を合わせたことによって駅伝日本一を獲得出来た。

現在の新谷仁美の活躍は、脇田茜にも届いているはず。

共に競い合い、共にどん底を見て、共に栄光を手にしてきた二人。

現在、それぞれ活躍する舞台は違っても、二人の生き様は誰にも真似できない価値がある。

元チームメイトの活躍を今の仕事の活力に変えてお互いに成長してくれることを期待する。


 

今だからできること!

シューズの構造を学びながら語学力も高める。一石二鳥の学習法。

中学生は、英語の字幕を見ながら和訳にチャレンジ!

高校生は、字幕を見ないでリスニング力をアップにチャレンジ!

語学力の習得は、興味あることから始めるのが一番効果があります。

1.まずは何も気にせずに映像を観て内容をイメージする
2.語っている内容のイメージが湧くまで何度でも聴く
3.次は字幕だけ見て意味を理解する
4.一画面ずつ静止して何を言っているのか訳する
5.大筋で意味が理解できたらもう一度最初から映像を観る
6.自分なりの訳でよいので全体をひとつの文章にまとめる
7.英語特有の言い回しを覚えてしまえばリスニング力もアップする

 (Air Zoom Pegasus 37 | Behind The Design | Nike by Nike)

動画を良く見てみると…思わぬところに思わぬランナーが…

それに気付いた人は、きちんと動画を観ている証拠です。

次は、こちらにもチャレンジしてみましょう!


(
React Infinity Run | Behind The Moonshot | Nike by Nike)

ナイキのシューズ作りのコンセプトを学びながら語学力を高める。

そういう時間の使い方も良いかもしれません。

子供が全然勉強してくれないと嘆いている方。

部活がなくてストレスが溜まっているという方。

子供は、興味があることにはエネルギーを注げます。

中高生でスポーツをしているお子さんには、こういう方法もあります。

リスニング力を高めたい大人にもやる気を高める動機付けになります。

プロモーションビデオを語学力向上の為の教材にしてみるのも面白いです。

あれは、今から二十数年前。日本の短距離選手達が、それぞれ単身海外へ渡ってトレーニングをしていた時代の出来事。

彼らは、各々、世界で戦うことを目指して海外で武者修行をしていた。一定期間海外で生活をして現地の試合に出場し力試しをしていた。勿論、指導者などいない。世話人もいない。すべて自分一人で生活し、大会に臨んでいた。

ある選手は、語学力に長けているコーディネーターが助けようとすると『大丈夫です。自分で出来ますから。』と助けを断り、知り得る限りのボキャブラリーを屈指して対処していた。現在、大学で指導している短距離コーチ達は、現役時代、海外で生活できるだけのコミュニケーション能力を自ら養っていた。その逞しさが、今日の短距離選手達へ受け継がれているからこそ、100mの9秒台やリレーで金メダルを狙えるレベルまで成長したのだと思う。

先日、フェンシング協会の太田会長が一定程度の語学力を必須とするという強化方針を発表した。賛否両論があるが、実は、それは、旧態依然とした組織の在り方を改革することを目的としたものであるのは、安易に想像がつく。今の時代、日本のトップ選手達は、海外で戦うことを前提に海外合宿や遠征試合をしているので、コミュニケーションをとるレベルの語学力は十分に備わっている。何もしゃべれない、コミュニケーションが取れないという選手は、殆ど見かけない。今の選手達は、それを楽しんでいる感さえある。トップ選手になればなるほど、誰から言われるまでもなく、その必要性を感じて自らコミュニケーションスキルを磨こうとしているのが現状である。

アスリートの『キャリア教育』に必要なことにも書いたように中途半端なレベルの選手ほど、学習意欲がなく、コミュニケーションスキルを磨こうとしない。

ある男子実業団長距離選手は、海外レースに参加した際、大会本部が用意した必要書類に自分の住所と名前を記入するだけなのに英語で書かれている用紙を見ただけで「俺、英語苦手だから、こんなの書けねえ〜。」と言ってコーディネーターに自分の住所を書いてもらったことがある。住所を英語で書くには、難しい文法も英単語も必要ではないのに最初から拒否反応を起こし自分でやろうとしない。こういう選手は、特に男子選手に多い。この時も、実は、自分の名前もコーディネーターに書いてもらおうとして「書いてください」と頼んでいたのだが、コーディネーターに「これは、大切な書類だから、名前は自分で書かないといけない。」と言われたら、その選手は「なんで書いてくれねえんだ、英語苦手だって言ってんじゃん!」と逆ギレしていたという落ちがある。本当に呆れる出来事である。


(中国のメディアから中国語でインタビューを受ける張本選手と石川選手)

もうひとつ、こういう話もある。敢えて名前を出させて貰うが、女子1500mの日本記録を持つ小林祐梨子さんは、岡山大学を首席で卒業するくらいの学力がある。その小林さんが、アメリカ遠征をし始めた頃、外国人に話しかけられると黙り込んでしまうことが多々あった。英語も得意で単語も良く知っているので、頭の中では、会話はしているのかもしれないが、完璧な答えを探るあまり「間違っていたらどうしよう…」と思う不安な気持ちが強く、瞬時に言葉が出てこなかったようだ。興味深いのは、会話の相手がアフリカの選手達だと笑顔で会話が出来るのに、アメリカ人を目の前にすると黙り込んでしまうのだった。勿論、その状態は、時間の経過と共に解消されたのだが、学力とコミュニケーションスキルは別だと感じる出来事であった。その後、小林さんは、単身アメリカへ渡り長期間アメリカのトップチームでトレーニングをするまでに成長した。

海外で活躍するアスリートは沢山いる。フィギュアスケート選手、スキー選手、卓球選手、テニス選手、サッカー選手、野球選手など、流暢な英語や中国語を使ってメディア対応できる選手は沢山いる。

世界のトップレベルを目指す選手ほど、語学力を磨いている。国際的に活躍している選手ほど、高いコミュニケーションスキルを身につけている。

こういう事例から「コミュニケーションスキル(語学力)=国際的な競技力」というのは、明らかだと言える。

〜つづく〜

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