ランナーズ・ジャーナル JAPAN (Runners-Journal.Jp)

事実に基づいた「真実のコラム」を掲載しています。今だからこそ伝えたい「本当のこと」をありのまま伝えたいと思います。

カテゴリ: 陸上界の舞台裏

12月の日本選手権を走ったから駅伝では快走できなかったという言い訳。

それを許容するかのような「ピークを合わせるのが難しい」という論調。

ハッキリ言うが、本当に力があれば、月に2回でも3回でも全力で走れる。

元順天堂大学の監督で陸連専務理事でもあった澤木氏の見解も間違い。

早稲田大学のダブルエースも実業団選手達も「ただ単に力が無い」だけだ。

そんな論調をするから日本長距離界のレベルが低下していく。

誰一人として「どうして2本走れないのか!走れて当然だろう!」と指摘しない。

箱根駅伝に出場するような大学は、コンディショニングサポートは徹底している。

ピーキングスキルのあるサポートスタッフは、どのチームにも複数人いる。

実業団チームともなれば、選手もスタッフも特別な技能集団である。

走ることと教えることを生業にしているプロの集まりである。

だからこそ素人みたいな論調で「ピークを作る難しさを感じた」と庇うのは間違い。

「そんな弱々しくて世界で通用するのだろうか?」

「そんなヤワやカラダでは、五輪メダリストなんか永遠に無理!」

「高校時代の実績で高く評価されているが実際には大したことないのか?!」

そんな風に疑問を投げかけてタフな選手へと周囲が導かないと選手は強くならない。

力を出し切れずに期待通りに走れなかったことを正しく指摘するメディアであるべき。

中央大学の吉居選手が快走できなかったのは、ピーキングではない。

中央大学のレースの流れが悪かったから。

あんなに後方で襷を受けて優勝争いにかすりもしないのでは、力など出せない。

順天堂大学の三浦選手が区間賞を獲れなかったのは、雰囲気に負けたから。

自分の力を最大限に発揮できる最適なペースでレースを進めれば良かった。

しかし、中学生でも走れるスローペースになり、最後は、ビルドアップ合戦。

あんなレース展開なら実力に関係なく誰にでもチャンスが出来て当然。

早稲田大学の中谷選手が快走できなかったのは、走るカラダに仕上がっていないから。

トラックでは誤魔化せるが20㎞以上の距離を走る箱根駅伝では通用しない。

トラックでは、自己記録を更新しているが、それは、ギアに頼っている部分が多い。

真の実力は、まだ少しも出せていない。土台がないからセンスだけで走っている。

もし、実業団選手並みにカラダを作って仕上げたら遥かに良い走りをするだろう。

日本選手権を走った学生達が箱根駅伝で快走できなかったのは、ピーキングではない。

今の時点での実力だと考えるのが、正しい目を持った論調である。

ニューイヤー駅伝も同じである。

選手が快走できなかったのは、ピーキングの問題ではない。

力がない。もしくは、メンタル面で調子を高めるモチベーションを維持出来なかったから。

旭化成の相澤選手が駅伝を走らなかったのも当然のことだ。走る必要などない。

力のある選手は、他にも揃っているのだから、その選手を使えば良い。

日本記録を更新した相澤選手を連戦させる意味は全くない。

意味を持たせるとしたらテレビ的に話題となる。それだけのことだ。

物事は、もっとシンプルに考えるべき。理屈ではない。

「ピークの波を2回作る難しさがあった」

そんな難しいことではない。そんなカッコイイことでもない。

ただ単に2回走れる力が無いだけ。気持ちの維持ができないだけ。

月に2回、大きなレースが重なったとしても安定感ある走りを見せてくれる選手。

そういう選手を作るのは、指導者だけの仕事ではない。

メディアの力を借りてタフで、強くて、カッコイイ選手を作り上げる。

そういう文化を皆で協力して作って欲しいと強く願う。

テレビ中継をするからには、高い視聴率を求められるのは当然だ。

普通にレースが行われているだけでは視聴率はアップしない。

そこにハプニングがあるから視聴率は跳ね上がる。

<テレビ局が欲しいポジティブなハプニング>
1.ごぼう抜きする。
2.区間新記録を出す。
3.ニュースターが出現する。
4.笑顔で快走する爽やかな姿を見せる。
5.チームメイトとの絆を感じるタスキリレー。
6.家族・友人・恩師らへの感謝を込めた感動ラン。

<テレビ局が欲しいネガティブなハプニング>
1.フラフラになる。
2.途中何度も立ち止まる。
3.襷が次の走者に繋がらない。
4.惜しくも繰り上げスタートになる。
5.優勝候補の大学が予想外の大敗を喫する。
6.肩を落として泣き崩れる学生達の姿を映し出す。

こういうシチュエーションは、喉から手が出るほど欲しいと言うのが本音である。

今年の箱根駅伝往路では、昨年の王者・青山学院大学がよもやよもやの大失速。

陸上ファンやテレビ局・大会関係者の期待を大きく裏切る苦しい展開となっている。

解説をしている瀬古氏は、「予想外の展開」だと言うが、こうなることは予想出来た。

昨年の優勝は、東海大学をはじめとする他大学が「予想外の失速」をしてしまっただけ。

青山学院大学の王者返り咲きに関係者は盛り上がり「絶対王者」などの見出しをつけた。

しかし、青山学院大学が低迷する”前兆”と強さの”綻び”は、昨年から既に現れていた。

何故、いきなりこのような結果になってしまうのか。

その理由は、常勝軍団だった時の姿を忘れられずにいるからである。

ダントツに強かった「絶対王者青学」という亡霊を捨て切れずにいるから。

今年の青山学院大学の選手達のメンタル状態は、極めて不安定だったと言える。

箱根駅伝に臨むにあたり箱根路を走る目的が、本来あるべきモノとは違っていた。

青山学院大学の選手達は、駅伝をしていない。

目の前にいる他大学の選手と競い合うことに集中していない。

過去に何度も優勝してヒーロー気分を味わった自分達の姿を再現しようしていた。

余りにも勝負弱くなっていた。

余りにも自分達の力を過信していた。

余りにもメディアの甘い言葉に乗せられていた。

駅伝を走る以前に自分達の足元がふらついていることに気付かなかった。

苦しさに顔を歪めて走る彼らの表情は、上位を走れないことに絶望していた。

以前のように多少遅れをとっても猛追し大逆転する気迫は感じられなかった。

気迫がないと言うよりも戦意を喪失しているような印象さえ受けてしまった。

辛かった。悲しかった。残念だった。「何やってんだ!」と叫びたくなった。

爽やかで強く逞しい走りが持ち味の青山学院大学の選手達が苦しむ顔など見たくない。

過去の自分達の姿を追い求めるがあまり、伸び伸びと走る自分達の強みを忘れていた。

往路の低迷によって選手達の目は覚めるだろう。

いや、覚めて貰わなくては、面白みが無くなってしまう。

このままズルズルと10位前後を走ったままゴールして欲しくない。

復路では、自分達の強さと清々しさを取り戻し持っている力を出し切って欲しい。

泥臭くてもいいから弱さを見せないで強気な走りを見せてくれることを期待したい。

東京五輪マラソン代表選手らも走るニューイヤー駅伝。

旭化成、トヨタ自動車、Honda、富士通などが注目されている。

「旭化成と富士通の一騎打ちが楽しみ!」と2強対決を期待する声もある。

2021年東京五輪イヤーのスタートを飾るに相応しい好レースが見られるだろう。

ライバルチームとの壮絶なバトルが振り広げられる中で輝きを放てる選手は、誰か?

かつてのニューイヤー駅伝は、本当に見応えがあった。

「これぞ実業団選手!」という大快走を見せてくれた。

中学生や高校生が「おー!スゲー走り!ヤバい!」と興奮する激走があった。

チームの勝ち負けがあるのでチームへ貢献できる走りをするのが前提となるが…

「チームの勝ち前など関係ない!」

「ペース設定なんて気にしない!」

「最初からブッ飛ばすだけ!」

「俺は、俺の走りをする!」

「思いっきり突っ走る!」

そんな気迫のこもった走りが見てみたい。

かつてないハイレベルのレースが見てみたい。

役者は揃っている。これ以上ない舞台が整っている。

出場する全ての選手が、爆走!激走!疾走!を見せてくれることを大いに期待したい。

1980年代前半に出された400mと800mの世界記録が未だに破られていない。

それは、このふたつの記録である。

〇 400m    46.70  Marita Koch (1985)
〇 800m 1:53.28 Jarmila KratochVilova (1983) 

この二人が如何に凄い選手だったかというのは、この実績で分かるだろう。
〇10個のグローバルタイトル
〇18回の世界記録更新
〇複数に及ぶ国内記録更新


(Track & Field's Longest Standing WORLD RECORDS May Actually Be UNBEATABLE...
  Here's Why by Total Running Productions)


マリタ・コッホ(Marita Koch)の自己記録は、下記となる。
 100m 10秒81(世界歴代30位)
 200m 21秒71(世界歴代7位)
 400m 47秒60(世界歴代1位)1985年6月6日

100mから400mまでの記録を足したデータは、ダントツの世界一である。

(マリタ・コッホ)(F・ジョイナー)(アリソン・フェリックス)
    Marita Koch   FloJo    Allyson Felix 
100m  10秒81    10秒49    10秒89
200m  21秒71    21秒34    21秒69
400m  47秒60    50秒89    49秒26
Total    80秒14    82秒72    81秒84

マリタ・コッホは、FジョイナーやAフェリックスを上回る走力を持っていた。

100mから400mまでをこのレベルで走れる選手は、その後、出てきていない。


ヤルミラ・クラフトビロバ(Jaemila Kratochvilova)の自己記録は下記となる。
 100m  11秒09
 200m  21秒97
 400m  47秒99
 800m  1分53秒28(1983年7月26日)
 1周目 56秒82
 2周目 56秒46

特に注目して欲しいのは、800mのラップである。

2周目の方が速いという常識ではあり得ない驚異的な走りを見せている。

これだけのパフォーマンスが出来る選手は、その後、出てきていない。

この動画で問題提起をしているのが、いずれも1980年代前半に出された記録であること。

ドーピング検査が厳格に実施されるようになったのは、1988年以降である。

現在のトレーニング技術とスポーツ科学を用いても彼女たちのような肉体は作れない。

現代の技術革新によるグッズの進化があっても、あのスピードを出すことが出来ない。

このまま、ずっと破られずに永遠に残り続けるのか。

人類の進化が、過去に追いつき、ついに誰かが最古の記録を破るのか。

我々の記憶に残るようなタイミングで最古の記録が破られることを期待して待ち続けたい。

(8月19日の記事を再投稿)

愛知県豊橋市内の市立小学校の部活動が完全に廃止されることになった。

運動部は既に廃止が決まっていた。今回は、文科系部活動の廃止が決まった。

来年度から地域のボランティアによる課外活動へとシフトをしていくことになる。

この流れには、大いに賛成をしたい。

小学校に部活動があること自体が、そもそも間違っている。

小学生にも各家庭にも教員にも、そんな余裕はない。

時間的な余裕が無い以上に精神的な余裕もなくなることが大きな問題と言える。

小学生の部活動と言っても学校を挙げて力を入れているモノは半端なくガチだ。

中学・高校の強豪校と変わらないくらい熱を入れている。

豊かな心を育む教育的な自主的活動ではなく「結果」を求めて本気で練習をさせている。

教育とはかけ離れた「勝利至上主義的な要素」が多く見られるモノも多い。

関東地方のある市内の小学校は、半ば強制的に部活動に参加させられている。

学校関係者は、「強制力はない」と建て前を言うが実際には所属しないと怒られる。

特に「駅伝部」という名の部活動は、学校に都合よく出来ている。

学校の部活動である陸上部やサッカー部とは違う位置づけの特別活動。

その学校の部活動一覧には「駅伝部」は載っていない。

しかし、学校内では大きな力を持っている。

サッカー、野球などの運動部だけではなく文化部も含めて一般の部活動とは別の扱い。

特別扱いで「駅伝部」が存在し、運動に長けた子供が半ば強制的に集められている。

市内駅伝や地区駅伝などに学校代表として参加する「駅伝部」は花形部活。

何十年も前から存在し、学校で一番の名誉部活でもある。

学校内で足が速い子供は、すべて召集される。

中学進学に大きな影響を及ぼすから断ることは出来ない。

公立中学に進学する為の「申し送り事項」として「駅伝部所属」はプラス点になる。

私立中学を受験する際には、内申点に大きく影響を及ぼす。

召集されたら断れない。断ったら中学進学に不利になる。

秋冬シーズンだけ希望者が集まる駅伝部は良くあるが、この地域の駅伝部は違う。

年間を通じて朝練習と午後練習を行っている。

年に1度の市内駅伝に向けて年間を通じて猛練習をする。

定期的にタイムトライアルをして記録が悪いと厳しく注意される。

時には保護者が呼び出されて記録が伸びていないことを顧問から叱責される。

校長・教頭からの「特別指導」も保護者にされる。

駅伝部には無条件かつ全力で協力しなければならない。

小学生なのに学校の為に全てを尽くして走らされる。

小学校を卒業する時には、疲れ果ててしまう。

燃え尽き症候群のような状態になり「やりきった」感を出して卒業する。

本来は、将来への夢と希望を持って卒業するのが普通の小学生の姿。

しかし、この学校の子供は「もう陸上はいい」「走りたくない」と本音を漏らす。

走ることが自分の夢を叶えるためではないことに気付くからだ。

自分達が活躍することで良い思いをするのは学校の先生だと気付いてしまう。

自分達が活躍することで得をするオトナの事情を理解してしまう。

自分達は使われているだけであるのを知った子供のモチベーションはガタ落ちする。

そうして陸上が好きではなくなってしまう子供が増えていく。

そういう文化が根強くある地域が全国には幾つかある。

それが将来の伸び悩みの大きな原因となっていることを学校関係者は気付くべき。

教師や学校の名誉や出世の為に部活動が使われるのは子供の将来を潰していく。

声の大きい教員の言うことを理不尽だと気付きながらも従う文化は終わりにしたい。

公立小学校の部活を廃止する流れが全国に広まることを強く願う。

クイーンズ駅伝での新谷仁美選手の快走。

彼女の走りは、素晴らしかった。

「これぞ!実業団選手!」

「世界を目指すと公言する選手!」

「世界と戦える力があることを証明した走り!」

誰もが納得できる世界レベルの実力があるのは間違いない。

だからこそ言いたいこと。それは…

「新谷選手が奇跡的な大快走をしたのではない」

「彼女は、持っている力を当たり前に発揮しただけ」

「普通に走った結果が、区間2位の選手に1分以上の差をつけた」

普段通りの走りをしただけなのに他の実業団選手とは格の違いがあることを見せつけた。

同区間を走った日本のトップ選手達は、足元にも及ばなかった。

東京五輪女子10000m代表を目指す日本郵政グループの鍋島莉奈選手、

東京五輪女子マラソン代表が決まっている一山麻緒選手と前田穂南選手。

「鍋島が快走!」

「一山と前田が五輪代表選手の力を発揮!」

「女子マラソン代表選手達がメダルを狙う!」

いかにも世界で通用する選手であるかのような報道の仕方。

変に期待をさせるような記事をメディアが書き立てるのが恥ずかしくなる。

新谷選手に1分以上の大差をつけられてしまう現実を改めて直視して欲しい。

新谷選手は、既に世界の舞台で戦いメダル獲得まであと一歩という経験をしている。

世界のトップ選手達との力の違いを嫌と言うほど味わっているから今の強さに到達した。

「世界」を口にするのに相応しい力をつけているから他の選手を圧倒することができる。

この力の差を正確に伝えなくてはメディアとしての役割を果たせない。

事実を正しく伝えないのでは、選手やチームは「裸の王様」となり勘違いをしたままだ。

それは、プロ野球の世界でも同じことが言える。

プロ野球の日本シリーズで読売巨人軍はソフトバンク相手に4連敗。

2年連続の4連敗という屈辱的大敗を喫した原因は、日本のメディアにも責任がある。

力の差があるのは明白なのに敢えてそれを伝えずに期待をさせて盛り上げようとする。

巨人の投手ではパリーグを制したチームの打者には通用しない。

巨人の打者ではパリーグを制したチームの投手を打ち崩せない。

もう随分前から、それは分かっていること。

事実を正確に伝えないから日本シリーズという大舞台で大恥をかくことになった。

多くの球団関係者、そして、多くのプロ野球ファンを落胆させる結果となった。

クイーンズ駅伝の結果も同じである。

細かいデータを出して選手個々の走力を分析して見れば本当の実力が分かる。

「本物の実業団選手」と「なんちゃって実業団選手」との差は明確になる。

実業団選手と呼ばれるのに相応しい走力とは、シンプルに1㎞の平均ラップで分かる。

3㎞程度の距離なら1㎞平均3分05秒以内。

5㎞程度の距離なら1㎞平均3分10秒以内。

10㎞程度の距離なら1㎞平均3分20秒以内。

実業団選手としてお給料と環境を与えて貰い一般の会社員よりも良い待遇を受けている。

そういう恵まれた選手としての自覚があるなら1㎞平均3分30秒以上かかるなどあり得ない。

全国中学駅伝に出場して活躍する選手達。

全国高校駅伝で起伏のある都大路のコースを快走する選手達。

それらの選手達が1㎞平均3分30秒以上かかる姿など見たことがない。

かつて、三井住友海上で監督をしていた鈴木秀夫氏が、こんな話をしていた。

「自分が市立船橋で指導していた時のチームが実業団女子駅伝に出たら面白かった」

「あのチームなら実業団相手でも勝負できた」

「間違いなく上位争いをしたと思う」

「高校駅伝で上位に入るチームなら大学生や実業団選手相手でも戦える」

「大学女子駅伝や実業団女子駅伝を走らせたらトップ争いをするチームは幾つもある」

実業団チームを抱える企業の責任ある方々は、もっと正しく今の陸上界の現状を知るべき。

中学生や高校生よりも遅い選手に高い給料と時間と環境を与える意味があるのだろうか。

高校時代の自己記録を更新させることが出来ないコーチングスタッフの指導力の問題か。

「あれがダメ、これが嫌だ」と言い訳をして、やる気を出さない選手の自覚の問題か。

中学・高校の部活の延長気分で実業団に入ってくる選手は、間違いなく伸びない。

お金を貰って走ることの意味を理解出来ない。

社名をつけて走ることの責任を理解出来ない。

だから中学生や高校生よりも遅いままでも自分を変えられない。

中学時代からもてはやされて特別扱いされることに慣れている感覚を変えられない。

企業の陸上担当者・広報・管理職の方々は、自チームの選手の現状を把握するべき。

現実を踏まえた上で所属選手の査定を見直してみると良い。

実業団という世界は、居心地の良い場所であってはならない。

居心地が悪いくらい結果に対する責任を問われる雰囲気があった方が良い。

責任の所在が明確な環境であるほど選手は自分の取組姿勢に危機感を抱いて本気を出す。

これは、どのスポーツでも同じかもしれない。

サッカーのA代表、球技のトップリーグ、プロ野球、その他の競技でも。

「中高生よりもパフォーマンスが低い選手がいる場所ではない」

そういう雰囲気と文化のある日本のスポーツ界であって欲しい。

選手の力を正しく伝えて「裸の王様」にさせない報道姿勢を持っていて欲しい。

メディアに甘えがある競技は、世界から遅れをとる。

メディアが厳しい目を持っている競技は、世界のトップレベルで戦える選手が生れる。

陸上界に於いては、後者であって欲しいと強く願うと共に甘えの無い報道に期待をしたい。

鉄剤注射も厚底シューズも使えないからこそ本当の実力が分かる。

過去の実績で選手をスカウトしても期待するような結果は出せない。

今だからこそ過去の実績でスカウトするのではなく将来性を評価すると良い。

記録などは、恵まれた環境に入ってしまえばいつでも出せる。

例え、1500mや3000m(5000m)の記録が全国トップレベルでなくても関係ない。

走りを見て「この選手は伸びる!」と感じた選手を獲得すること。

表情と言葉から「強い意志が伝わる選手」こそが実業団入り後大きく成長する。

有森裕子、高橋尚子、野口みずき。

谷口博美、中山竹道、森下広一。

マラソン選手として大きく成長した選手達の経緯は様々だがスーパースターではなかった。

渋井陽子、土佐礼子なども実業団入りしてから世界のトップ選手へと成長した。

結果が出ないのではなく、将来への伸びしろとして余力を残してきたと考えるべき。

勿論、中学・高校時代に大活躍した選手もいる。

鈴木博美、志水見千子、吉田直美などは高校時代から全国的に活躍した選手だ。

日本の女子長距離選手が世界のトップ選手と堂々と戦える力を示した。

小林祐梨子、新谷仁美などは、高校時代から超高校級の選手として知られていた。

そして、その後、五輪選手へと育っている。

田中希実、卜部蘭、萩谷楓などは、今後、日本の陸上界を変えていく逸材。

他にも日本郵政やデンソーにも将来有望な逸材は、何人かいる。

先輩達が到達できなかった記録を塗り替えていく可能性に溢れている。

しかし、この選手達をも超えていく逸材は、まだ沢山埋もれている。

埋もれたまま誰の目にも止まらずに競技生活を終えさせてはいけない。

過去の記録や名前に惑わされてはいけない。

周囲を良く見渡してみれば、将来、日本の陸上界を背負って立つ逸材が目の前にいる。

記録が一流という選手ではなく、社会人として人間性が一流だと感じる選手。

そういう選手こそが、前例のない大きな結果を会社にもたらしてくれる。

見極める方法は、人間性への評価。それが一番信頼出来る。

記録はあてにならない。過去の実績もあてにならない。

大事なのは、夢を実現させる為に直向きに努力できる人間性である。

それを忘れずに2021年度のスカウティングをして欲しいと強く願う。

全日本大学駅伝の区間賞獲得者は、全員ナイキ厚底シューズを着用していた。

全国高校駅伝予選でも”その存在感”は、他社のシューズを圧倒している。

トラックレースで着用できなくなることなど関係ない。

日本には駅伝がある。中学、高校、大学、実業団。

全てのカテゴリーでランナーの走力を圧倒的に高めてくれる最高の武器。

メジャーな駅伝が開催されさえすればナイキ厚底シューズへの需要は確実に膨らむ。

言い換えれば、本来の走力勝負の駅伝ではない戦いが始まった。

厚底シューズに適した走りをする選手。

厚底シューズを徹底的に履き慣らした選手。

厚底シューズを履くことで自信を手に入れた選手。

そういう選手が活躍する時代が訪れているのは間違いない。

全国各地の駅伝大会で区間記録や大会記録の更新が多く見られる。

その理由は、選手達が大きな武器を手に入れたからであるのは明白だ。

自分の走力とは別の力を得て記録を更新していく選手達。

新たな時代の流れに乗って記録が更新されていく全国各地の大会。

今後の陸上長距離界は、一気に記録更新の波がやってくるだろう。

ゴルフ、テニス、卓球、スキーなどの競技では、どんどん技術革新が進んでいる。

使用する用具の技術革新によって選手のパフォーマンスが格段にアップしている。

急激なパフォーマンスアップへの危機感から、競技ルールの変更を行うのも珍しくない。

厚底シューズの場合、トラック種目では使用が禁止されても駅伝・マラソンは使用可能。

どうにかマラソンのみというルールにはならないものだろうか。

余りにも急激なパフォーマンスアップに不公平さを感じることもある。

高価な厚底シューズを手に入れられる選手と手に入れられない選手の格差も気になる。

今後、様々な場面で使用出来る選手と出来ない選手との結果の差が顕著になるだろう。

また、中学時代から厚底シューズを履いて育つ選手に果たして伸びしろはあるのだろうか。

そういう疑問を抱くことも指導する立場の者には必要かもしれない。

「自分の学校に在席している3年間だけ活躍してくれたら良い」

「足を痛めても、将来への伸びしろが無くなっても、今、記録を出せば、それで良い」

そういう風潮にならずに選手の将来を見据えて伸びしろを残す為の取り組みをして欲しい。

厚底シューズの時代は、少なくとも、あと3年は続くだろう。

今の中学生が大学生になった時、どんな時代が訪れているだろうか。

その時でも厚底シューズが一人勝ちしているのか。

ルール変更によってシューズ規制が強化されているのか。

新たなシューズの登場によって流行りが変わっているのか。

イメージを膨らませて未来予想をしてみても、今の段階では全く想像ができない。

果たして日本の長距離界は、どのように変化しているだろうか。

世界の長距離界は、どれほどの進化を見せるのだろうか。

今はただ、これから開催される大会において驚異的な記録が出ることを楽しみに待ちたい。

全中駅伝が史上初の中止となった。しかし…

このニュースを聞いても大きな驚きはない。

大会を開催したかった大人が騒ぎ立てるのも無意味。

生徒は、既に長期間の休校を経験し、短い夏休みを過ごしてきた。

今の状態を冷静に判断して「今ままでとは違う」ことに気付いている。

どちらかと言えば、終わりの見えないコロナ対策の生活が日常となっている。

「えー!マジで全中駅伝が無くなったの?!」

「嘘だ!そんなの信じられない!」

「やる気を喪失して元気が出ない」

そんなことを言う生徒は、殆ど居ない。

もし居るとしたら…

それは、現在の社会情勢を正しく教えていない教員の危機管理不足。

どんな状況でも対応出来るように心の準備をさせておくべきだった。

こういう時、生徒の心のケアを…などと尤もらしいことを言うのも筋違い。

生徒の方が冷静に物事を理解している。

これまでの慣習や常識から頭を切り替えられないのは寧ろ大人である。

「中学生にとって全中駅伝は、オリンピックに匹敵する夢舞台」

その考え方が間違っている。

そんな考え方をする大人が居て、それを生徒に植え付けるからバーンアウトする。

中学駅伝とオリンピックを同じように考える大人がいるから将来伸び悩む。

全中駅伝優勝チームの生徒が、何人、オリンピックに出場しているのか。

9割近い生徒は、中学駅伝での栄光を最高の想い出として競技生活を終わる。

ほんの一握りの選手しか生き残っていない現状に、大きな問題意識を持つべき。

全中駅伝は、義務教育下でのカリキュラムの一環に位置付けられた大会。

教育プログラムの中の”いち行事”である。

オリンピックは、特別な能力を持った超人たちが集う場。

日本の中でも厳しい選考会を勝ち抜き選ばれた本物のアスリートしか立てない。

人一倍の「努力」と「強運」と「出会い」がなければ立てない舞台である。

それを一緒に語ってはいけない。

逆に「オリンピックとは、まるで違うぞ!」と生徒に教えなくてはいけない。

中学駅伝で優勝しても未来は開けない。

優勝しても将来的に活躍する保証などされない。

みんな間違えてはいけない。ここは、夢の舞台でも何でもない。

それをきちんと教えることこそ教育者として大事なことである。

地域に強い選手が多い中学校。

熱心な顧問に恵まれて駅伝への意識が高い中学校。

練習量が多くても文句を言わずに必死に練習している中学校。

その学校が全国大会に出場している現状は、昔も今も何ら変わらない。

中学駅伝燃え尽き症候群。

高校駅伝燃え尽き症候群。

箱根駅伝燃え尽き症候群。

それらの問題を一斉に解決する大きなチャンスを迎えている。

中学駅伝を経験出来ない悔しさは、高校生になってぶつければ良い。

高校駅伝を経験出来ない悔しさは、大学生になってぶつければ良い。

大学駅伝を経験出来ない悔しさは、実業団に入ってぶつければ良い。

その方が、選手寿命もグッと伸びる。

難しく考えることはない。

開催できないものは仕方がない。

世界中で不憫な生活を強いられている今の社会情勢をリアルに学ばせれば良い。

今の非日常的な生活のひとつひとつを経験することこそが中学生には必要である。

全中駅伝に出場するよりも、きっと将来役立つことを学べるはず。

「世の中には思い通りに行かないことが沢山ある」

それを学ぶことができたら、その経験が生徒達にとって将来への生きる力になるはずだ。




鉄剤注射に対する日本陸連の施策は失敗に近かった。

しかし、新型コロナの影響で病院へ行くことへの抵抗感が”その行為”を減らした。

結果オーライである。今の社会情勢では安易に鉄剤注射を打ちには行けない。

それが、記録低迷の要因になっているのは、メディア関係者には分からない。

7月以降、主要大会が再開されて好記録が連発していると思われがち。

日本記録更新、高校記録更新と話題になるが、果たして本当に好記録が出ているのか。

実際には、陸上界の現状は厳しい。日本全国共通して記録は低迷している。

学校が休校期間中は、部活動が出来なかった。

部活休止中は、本格的な練習が出来なかった。

屋外活動自粛中は、多くの大会が中止になった。

大会数が減ったことで慢性疲労状態だったトップアスリート達に回復期間が出来た。

毎年同じようなスケジュールで「試合に参加させられている状態」から解放された。

心身ともにリフレッシュする期間が半ば強制的に設けられたことが結果的に幸いした。

トップアスリート達の好記録連発は、自粛期間があったからと考えてよい。

しかし、部活動主体の中高生にとっては、現在、苦しい状況が続いている。

部活動への依存度が高く、部活が休みなら自主練習などしない中学生は苦境の中にいる。

今年の記録低迷ぶりは、全国に共通して言える。

8月末時点での全国ランキングの記録は、ここ数年間の中では著しく低い。

特に女子長距離種目の記録は、驚くほど低迷している。

成長期の女子中学生が数か月間「放置状態」となっていたら「別人」になって当然。

これが良い休養期間となり「将来への伸びしろ」となるのは一握りの選手のみ。

普通の中学生は、進路を決定する為に必要な記録が出せずに苦しんでいる。

高校生も同じかもしれない。

チームカラーとして「自主性」を重んじる学校の選手ほど記録が低迷している。

女子選手にとって「やっておきなさい」は通用しない。

その一言で自己をコントロールして努力が出来る選手は、数万人に一人くらい。

「やってくれるだろう」という部活顧問の甘い期待は、簡単に裏切られる。

「練習する環境が用意されている」のと「自ら練習環境を作る」のとでは全く違う。

走りに行くだけと思われがちだが、後者の場合、ハードルが一気に高くなる。

どんなに真面目な選手でも自分一人で練習場へ行き、追い込んだ練習は出来ない。

「昨年の今頃は、これくらいの記録で楽に走れたのに今年は全然走れない…」

「調子を上げることは簡単だと思っていたけど今年は全然調子が上がらない」

そんな気持ちを抱きながら環境の大事さを痛感させられる日々を送っている中高生は多い。

もうひとつ。厚底シューズへの規制が正式に発表されたことも大きく影響している。

それまで駅伝が弱かった学校が、チーム全員が厚底シューズを履いた途端に強くなった。

「これはいい!」とトラック種目でも履いて活躍しようと考えていた中高生は愕然とした。

「自分に力を与えてくれたシューズが使えなくなる」

この衝撃は、トップ選手以上に中高生の長距離選手達に突き刺さった。

「じゃあ、今のうちに好記録を出しておこう」

11月末までの大会に最後の追い込みをかける選手もいる。

「今、厚底シューズを履いて好記録を出しても来年苦しくなるくらいなら履かない」

あっさりとシューズを替える選手も出てきている。

妥当な選択だと言って良い。

何かに頼らなければ記録が出せないようでは”本当の力”とは言えない。

鉄剤注射にしても厚底シューズにしても全く使用できない訳ではない。

マラソン選手には、大きな痛手とはならない。

今後も”普通”に使用出来る状態であるのは何ら変わらない。

しかし、トラック選手。特に中高生にとっては大きな痛手となっている。

頻繁に使用できなくなったことでパフォーマンス低下を招いているのは事実。

ある駅伝強豪校の監督は、こう話してくれた。

「ハッキリ言って、ダブルパンチ。ウチには痛い、痛すぎる」

「このふたつがあれば、そこそこ勝負できると思っていた」

「どちらの方が痛いというのではなく両方あってこその結果」

「何か次の方法を考えないとレベルを維持出来ない」

こういう声があちこちで出ていることを陸連関係者は知らない。

少しでも早く「現場で行われている現状」を把握して対応策を練るべき。

鉄剤注射をやるところはやる。抜け道はいくらでもある。

トラック競技でも使用出来る規定内厚底シューズ開発は進んでいる。

いたちごっこは永遠に続く。

ひとつ提案したいことがある。

試合毎に使用可能なシューズを決めてはどうだろうか。

ロード種目と駅伝は、厚底シューズが使用出来るのは何ら変わらない。

当然、ナイキ社製の厚底シューズを履く選手は多い。

トラック種目で禁止になった分、その反動でナイキ社製厚底シューズの支持は上がる。

だったら、トラックシーズンは、試合毎に使用可能なシューズの国内規定を設けても良い。

試合毎に出場者全員が特定シューズを履いて走る日本国内独自ルールを決めれば面白い。

ある大会には、アシックスが協賛しているからシューズはアシックス社製品に限る。

別の大会には、ミズノが協賛していているから使用出来るシューズはミズノ社製品に限る。

日本選手権・国体・全日本実業団・全日本インカレ・IH・全中陸上のみ自由選択が可能。

それ以外は、使用可能なシューズ規定を設ける。

もし、それが実現出来たら一社が独占して勝ち組になることは避けられる。

経済の活性化とマーケティング的には、大きな収穫が期待できる。

ひとつの製品が、広く行き渡るメリット。

本来なら履いてもらえない顧客層にも製品の良さを理解して貰えるマーケティング効果。

新たな顧客層の獲得は、どのメーカーも喉から手が出るほど欲しいはず。

履き心地や故障の有無、記録の伸びなど製品開発に役立つ沢山の情報を得られる。

出場者全員が同じ条件なのだから選手個々の”本当の力”を把握しやすい。

放っておけば一社独占・一人勝ちの状況は、今後、10年は続くだろう。

「時代の流れ」という理由で履いて貰えないシューズに莫大な開発費を充てるのは無駄。

全員が履いてくれるシューズに開発費を集中させる方が遥かに企業のメリットになる。

数年毎に指定シューズ変えれば良い。

2年先を見越した商品開発と市場投入が出来れば選手が履き慣らす期間も出来る。

絶対に履いて貰えるシューズ開発とマーケティング戦略は、企業側に損を与えない。

問題は、指定シューズに選んで貰う為に陸連が見返りを要求すること。

そんなのは、抽選と各社持ち回り制度でルール決めすれば良い。

数億円のお金を組織に支払わなければ指定シューズに選ばれないような体質は改善すべき。

広告代理店が間に入ることも出来る限り避けたい。

彼らの儲けにするためのルール策定ではない。

選手の”本当の力”の見極めが第一の狙い。

次に、一社独占状況を改善する為の施策として活用するのが狙い。

新型コロナの影響で日本経済が危機的状況にある中でスポーツ用品メーカーも苦戦中。

大規模マラソンの開催が出来ないのは、大きな収益減を招いている。

そんな時だからこそ、絶対に履いてもらえるシューズ開発は市場開拓の起爆剤となる。

実業団から中学生のトップ選手が全員履くシューズは、市民ランナーの心を動かす。

大胆な発想と常識を打ち破る施策が日本経済を復興させるきっかけになると期待したい。

「箱根駅伝は、中止になる可能性が濃厚」

これは、スポーツ関係者とメディア関係者の言葉だ。

理由は、シンプルである。

「箱根駅伝だけの問題だけではないから」

通常、箱根駅伝開催は、1月2日と3日。

その前後に国内の主要駅伝が行われている。

・12月 全国中学駅伝(滋賀)
・12月 全国高校駅伝(京都・NHK)
・12月 富士山女子駅伝(静岡・フジテレビ)
・1月   ニューイヤー駅伝(群馬・TBS)
・1月   箱根駅伝(東京神奈川・日本テレビ)
・1月   全国女子駅伝(京都・NHK)
・1月   全国男子駅伝(広島・HNK)

いずれも年末年始の風物詩となっている。

箱根駅伝を実施するということは、これら全てを行うことになる。

運営する為に必要な役員・補助員動員数は、2~3万人とも言われている。

「箱根駅伝だけの問題ではない」

この言葉の意味は、こうした背景がある。

そういう背景をよそに箱根駅伝を開催すべきと訴える某有名監督がいる。

「やりたい、やりたい!」
「絶対、やるべきだ!」

そう叫ぶなら、すべての大会の安全対策を万全にするための見積もりを考えたか。

一体いくらの予算を使って安全面の確保と保証をするのか考えただろうか。

大会運営役員・補助員の方々、その家族の同意書を全て揃えられるのか。

中継するテレビ局関係者、報道関係者、スポーツ業界関係者、広告代理店関係者・・・

スポンサー企業や運営に必要な様々な発注業者。

どこをどこまで管理して、監視して、制御できるのか。

最も懸念される沿道の方々のコントロールは本当に出来るのか。

今現在、既に気が緩んでいる状態だから感染状況は深刻化している。

強行開催をして、万が一のことが起きた時のことを想像しただろうか。

例えば、ある区間を走った選手から感染者が出たとした場合。

・その区間を走った選手全員
・付き添いをしたチームメイト
・その区間の補助員
・同じ車で移動した関係者
・同じ宿舎を使用した関係者
・中継場所の敷地の管理関係者
・2週間以内に接触した大学関係者
・家族・友人
・その他、2次・3次的関係者など

たった一人が陽性反応になった途端に大きな被害が広範囲に渡って起こる。

もし、大規模クラスターとなった時の責任は、誰が取るのか。

大会を強行開催したことで感染した方への保証は、どう考えているのか。

箱根駅伝で有名な某大学の監督は、自分一人で責任が取れるのか。

「大会を開催して何が起きても関係ない。自分達さえ満足出来たらよい」

それでは済まされない。

どれだけの人が明日を迎えることへの不安を抱き必死に生活していると思っているのか。

余りにも想像力が無さすぎる。

余りにも自分勝手すぎる。

他人の健康を犠牲にしてでも大会開催を望む合理的な理由は何か。

多くの国民が楽しみにしているお正月の風物詩だからこそ説得力が必要。

日本国民全体に開催の是非をアンケート調査して決めるくらいの覚悟が必要。

不幸な災いが起きる時には、気の緩みや油断が発端となって起きることが多い。

「大丈夫だと思っていた」

「自分達には関係ないと思っていた」

「まさか、本当に起きるとは思わなかった」

決まり文句のように言うセリフを陸上関係者から聞きたくない。

100%の保証が出来ないなら無理な開催はすべきではない。

あり得ない出来事は、強行開催したことで起きる場合が多い。

どんな組織でも、スポーツの世界でも必要なのは、リスクマネジメント。

リスクマネジメントは、組織をまとめる際の鉄則である。

リスクマネジメントに長けているからこそ強いチームを作れる。

無謀なギャンブルをしない戦略を立てられる指導者が、名監督になっている。

「箱根駅伝が中止になっても君たちの努力は無駄にならない」

「箱根駅伝が無くなっても君たちの価値は何一つ変わらない」

「箱根駅伝以外の夢を持って生きていくことの方が将来役立つ」

「駅伝のレギュラーメンバー選びと同じでギャンブルは出来ない」

「自分達だけでなく他者へのリスクがある中では走ることは出来ない」

そう自信を持って学生達に伝えられる指導者こそが本当の名匠である。

箱根駅伝開催について、更に真剣かつ慎重な論議がされることを期待したい。

大迫傑選手が、大学の垣根を越えたトレーニングチームを創設。

チーム名は、「SUGER ELITE」。

世界で戦うことを本気で目指す選手が集まるチームである。

海外の選手から学ぼう!に書いた通りの動きが始まりつつある。
 
この動きを邪魔するのは、既存の枠組みでしかモノを考えられない大学関係者。

つまらないプライドがあるから自分以外の指導を受けることに寛容になれない。

選手をモノとしか考えていないので自分の所有物を取られる感覚に陥り激怒する。

きっと、このチームに対する当たりは、当初は厳しいかもしれない。

しかし、このチームに所属する選手が結果を出すことで常識を覆すことができる。

選手の強さを引き出す秘訣は、個人が尊重される環境でのびのびと練習すること。

選手が余計なことに気を遣わずに走ることに集中できる環境があれば才能は開花する。

欧米では、当たり前のようにエリート選手が集まるチームがある。

日頃の練習から互いに競い合って世界トップレベルの質の高い練習をしている。

むしろ、それが主流と言って良い。この数か月、非常に良い成果を収めている。

課題はあるだろうし、様々なことをクリアしていかなければならないと思う。

しかし、数年後には大きな成果を出すチームに成長しているだろう。

「また、あのチームのメンバーが日本記録を塗り替えた」

そんな声が聴こえる日が必ずくると信じたい。

この動きが、日本から世界へと羽ばたく第一歩となることを大いに期待したい。



河野匡ディレクターを始め、多くの陸連強化スタッフは一生懸命にやっている。

自分たちなりにレベルアップをさせようと知恵を絞って取り組んでいる。

しかし、かつて世界の舞台で戦ってきた選手や指導者たちは冷めた目で見ている。

目指す次元の低さに呆れている。ある意味、憤りを感じている。

マラソン日本歴代トップ3の野口みずき、渋井陽子、高橋尚子の実力は次元が違う。

3人は、ナイキ厚底シューズの助力を得なくても2時間10分台で走った。

3人は、10000m(10㎞)も30分台で走っていた。これは、疑いようのない事実。

日本記録として30分台の記録が残っているのは渋井陽子だけだが実際には違う。

野口も高橋もマラソンの調整走として走り、30分台の記録を出している。

今のマラソン選手に目指させている記録が31分台とは…情けない…

ディレクター以下、強化スタッフの意識レベルが20年前よりも低いのだ。

小出監督がご存命だったら「バカな奴らだなぁ」と怒るはずだ。

「なんでそんなに意識が低いんだろう…それじゃ世界と戦えないよ」

間違いなく機嫌が悪くなる。

もう20年間、時間が止まったままの日本女子長距離界。

その原因を作っているのは、やはり、指導力と意識レベルの低い日本陸連のスタッフ。

仲良しクラブのような雰囲気と傷をなめ合う甘え体質では何も変わらない。

いつになったら、自分達の指導力の無さと視野の狭さを自覚するのか。

女子長距離界が、暗いトンネルから抜けだすのは、まだまだ先かもしれない。

新型コロナの感染拡大を防ぐ為に学校は休校となり、部活動も休止となった。

しかし、そんな中でも何事もなく通常通りに練習をしていた学校は少なくない。

いわゆるスポーツ強豪校と呼ばれる学校は、普通に練習をしていた。

いや、普段以上に時間を掛けて練習をしていた学校もあった。

設備が整っているので敷地内に寮があり、専用運動施設もある。

好きな時に好きなだけ誰の目も気にすることなく思い切り練習が出来る。

地方へ行けば行くほど、その傾向が強い。

首都圏の私立高校は、休校・部活休止措置を取る公立高校と足並みを揃えた。

首都圏、大都市圏にある学校は、通学生が多い為に公共交通機関を使用せざるを得ない。

感染のリスクを冒してまで部員に集合を掛けて全体練習をすることはできない。

また、それをしたら自粛警察の目に留まり、すぐに学校や教育委員会に通報されてしまう。

そんなことをしてまで部活の顧問は練習を強行したりはしない。

やりたくても出来ないのが現実であった。

その一方で”やりたい放題”練習している高校もあった。

外部との接触はなく、寮とグランドの往復のみ。

外部からの目も届かないので後ろめたさを感じることもない。

「自分達の敷地内で練習するんだから一般の人には迷惑が掛からないでしょ」

「誰にも迷惑が掛からないんだから練習するのが当然じゃないですか?」

「自宅の敷地内で自主練習をするのと同じですよ」

「我が校の敷地内で生活をしている生徒が自主練習をするんですから全く問題が無い」

こう胸を張って話をする強豪校の関係者もいる。

運動部員全員が寮に入っている地方の私立高校とは、思考の違いが生れても仕方ない。

そういう考えをする指導者の下で育つ生徒は、本当にかわいそうだ。

偏った考え方を植え付けられて何の役にも立たない”つまらないプライド”が身につく。

自分達は特別であるかのような思考を持ってしまうと将来、苦労することになる。

現実の社会に出てしまうとスポーツ強豪校出身と言っても特別扱いなどされない。

スポーツ以外何も出来ずに常識的な思考を持たない生徒が将来露頭を彷徨うことになる。

その責任を負っている自覚がスポーツ強豪校の指導者にはあるだろうか。

自分本位の性格、行動、思考を持った偏った人間に育ててはいないだろうか。

社会の一員として必要な自己犠牲の精神を教えているだろうか。

自分さえ良ければ他者との格差が出来ても良いという思考にさせていないだろうか。

自分達は特別だから何でも許されるという勘違いをさせていないだろうか。

今こそスポーツ強豪校の指導者たちに問いたい。

今の指導のやり方で本当に社会に役立つ人材育成が出来ていますか?

本当に、今の社会情勢にあった思考を持った人間に育てていますか?

あなた自身は、この社会情勢の変化に対応できていますか?

自分自身を変える努力をしていますか?

指導者が変われないのに指導を受ける生徒は変わらないのではないですか?

スポーツしか出来ない人間を育ててしまいがちなスポーツ強豪校の伝統。

今こそスポーツ強豪校の在り方を再考する時ではないだろうか。

東京、千葉、埼玉、神奈川、兵庫、京都、大阪。

緊急事態宣言が継続されている都府県では、当然、部活動は行われていない。

それ以外の県でも未だ部活動は休止のまま。練習を行っている学校はない。

自主練習をしたくても公園やサイクリングコースには「自粛警察」が出現する。

誰にも迷惑を掛けていないのに怒鳴られ、叱責され、立ちふさがれ、走れない。

チーム練習は勿論、自主練習でさえ思うように出来ない状態が続いている。

しかし、全国の高校がすべて同じ状況かと言えば、そうではない。

実は、高校駅伝強豪校と呼ばれる学校が普通に練習をしている報告がある。

朝練習と午後練習を何の制約も受けず、毎日、当たり前のようにしている。

新型コロナの感染者が多数出ている県である。

誰に聞いても名前を知っている全国的な強豪校である。

練習をしている学校を責めたり揶揄するつもりはない。

現実問題として普通に練習をしている学校が全国には沢山あることを知って欲しい。

首都圏を中心とした陸上王国と言われる都府県ではチーム練習が出来ていない。

練習らしい練習は、皆無に等しいと言っても良い状態だ。

それなのに、地方へ行くと普通にチーム練習が行われている。

6月から全国すべての高校の休校措置が解除されて、部活動が再開されたとしよう。

3月からの3カ月間、チーム練習が出来なかった学校は、ゼロからスタートする。

過去に経験したことがないほど長期に及んでいる自主練習のみの期間。

その空白の期間を埋める為に必要なチーム作り期間は、4~6か月は必要だろう。

つまり、高校駅伝予選が始まる10月・11月にやっとチームとしての足並みが揃う。

それに比べて、毎日チーム練習をしている学校は、例年通りのチーム作りが出来る。

この差は、秋以降に大きなアドバンテージを生む。

駅伝を考えた場合、チーム力に圧倒的な差が生じる可能性がある。

チーム練習が出来ない都府県の高校とコロナに関係なく普通に練習をしている高校。

この差を埋める策を高体連や日本陸連は考えているだろうか。

インターハイ中止の決定は、高校生に大きな衝撃を与えた。

しかし、それだけにとどまらず、全国高校駅伝の開催さえ危ぶまれる現実がある。

教育的観点から言うと、今年の全国高校駅伝は、中止にせざるを得ない。

余りにも練習環境が違う。余りにもチーム力に差がある。余りにも不平等すぎる。

現実から目を逸らさずに冷静に事態を考えれば、全国高校駅伝中止は妥当な判断。

そう言わざるを得ないことが、今現在、現実に起きている。

まずは、休校措置が解除されて、普通の学校生活が再開されることを期待したい。

その上で思う存分に練習が出来る環境と力試しをする場が戻ってくることが大事。

それが数か月間続いて、やっと、全国大会規模の大会が開催出来る。

緊急事態宣言が徐々に解除されているタイミングだからこそ、やるべきことがある。

全国高校駅伝開催までのロードマップを作り、必要な段階を踏んで開催を実現する。

オトナの事情で自分達の立場を守ることを優先するのではなく子供達の為に前進する。

それが出来たら、全国高校駅伝を一年以内に開催する方法が見つかるはずだ。

決定権を持つ大人たちには、今こそ、やるべきことをしっかりとやって欲しい。

生徒達が希望に向かって前進できるロードマップを早急に構築してくれる事を願う。

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