世界陸連のセバスチャン・コー会長のメッセージは明快だった。

「大会を開催できる唯一の方法があるとすれば、無観客開催」

「今は誰もがそれを受け入れると思う」

日本の政治家、組織委員会の面々が綺麗事を言うのとは責任感の強さが違う。

責任ある立場の者が言葉を発する時には、その言葉を受ける側の心を読むこと。

それをわきまえていれば言葉を間違えることはない。

責任ある立場にいる者が、当たり前のスキルとして持つべきことである。

しかし、残念ながら日本の関係者は、そのスキルを持っていない。

我が国の首相という立場にいる者でさえも、そのスキルを持ち合わせていない。

「五輪は必ず開催する」

本当に何も分かっていない。

五輪に臨むアスリート達が日々積み重ねてきたモノの大きさを理解していない。

今の時点で海外との接点を見いだせていない状況は異常である。

海外遠征が出来ない状態。海外合宿が出来ない状態。

海外選手を日本に呼べない状態。海外選手との交流が出来ない状態。

海外のトップアスリートと戦いレベルアップすることが出来ない状態。

五輪でメダルを獲得する為にベストな状態を作れない状態。

今現在、それが出来ていないのに何故「五輪開催は揺るがない」と言えるのか。

自分達の立場を守ることしか考えていない。

アスリートのことなどちっとも理解していない。

アスリートのことをバカにし過ぎていると言っても良い。

海外との往来が制限され、遠征が出来ていない状態で試合に臨めと言う。

今からの半年で通常の五輪と同じようなパフォーマンスを求めている。

アスリートを食い物にするようにしか見えない。

多くのアスリートが思うような練習が出来ていない状態。

それなのに「国民に感動を与えて欲しい」」と勝手なことを言う。

もし、東京五輪を開催するならアスリート達の健康と金銭的な保障をするべき。

アスリートのパフォーマンスは、無償提供ではない。

アスリートは、ボランティアで国民に感動を与えているのではない。

それぞれの生活があって仕事として競技を行っていることを理解するべき。

「人類が新型コロナに打ち勝った証し」などではない。

自分達の生活を懸けて、夢を懸けて、命懸けで自分の為に活動している。

政治家が自分達に都合よく政治利用するためのアスリートではない。

それを再度認識して五輪開催への覚悟を持って欲しい。

今年、東京五輪を開催するなら出場するアスリートへの金銭的な保障は不可欠。

例年以上のインセンティブを準備する覚悟はあるだろうか。

東京五輪を開催するなら十分な経済的援助をすると約束をして欲しい。

もう一度、申し上げておく。

アスリートのパフォーマンスは、無償提供するものではない。

コロナ禍で五輪を開催しアスリートを参加させるなら金銭的な保障をすべき。

まずは、そこをアスリートが東京五輪に参加する為の条件としたい。