「世界の情勢を見れば、東京五輪開催は、難しいだろう…」

そう言うことは、悲観的な見方だといういう論調。本当にそうだろうか。

寧ろ、極めて冷静に正しい目で世界の現状を把握しているのではないだろうか。

問題なく開催できる状況なのに「五輪開催反対!」と声を上げているのとは訳が違う。

五輪開催よりも先にすべきことがあるのではないか。

これから掛かる追加費用を救済に充てた方が良いのではないか。

明日を迎えるのに困っている人、今すぐ支援が必要な人々へ渡した方が良いのではないか。

ワクチン接種の目途も立たず、そのワクチンの安全性さえ担保されていない状況での開催。

「アスリートがやりたいと言っている!」

「アスリート達の努力を無駄にできない!」

「彼らの人生を大きく左右することを忘れるな!」

「五輪は、アスリートのモノ。アスリートファーストだ!」

「オリンピックの精神を尊重すれば中止などあり得ない。前例を作れない!」

いくらそう言ってみても、どんなセリフを並べても、虚しく聞こえる。

机上の空論を持ちだして五輪を強行開催した結果、世界中を揺るがす大惨事が起きたら。

誰が責任を取ってくれるのか。組織委員会の面々か。日本政府か。内閣総理大臣か。

悲観論を述べているのではない。

「どうして、そこまでして開催にこだわるのですか?」と問題提起をしているだけ。

建設的な意見として今を乗り越える最善策を皆で見つけようと声にしているだけ。

世界中のアスリートを大観衆が声援を送るスタジアムに迎えてあげたいだけ。

子供の頃の記憶を思い出して欲しい。

「あっ、お前、今、俺にバカっていただろう!」

「いいか。バカって言った方がバカなんだぞ!」

まさにその言葉をそっくりそのまま伝えたい。

「おまえ、今、五輪開催は難しいって言うのを悲観論だと言ったな!」

「いいか。それを悲観論だと言った奴の方が、悲観的な考え方なんだぞ!」