多くの方がご存知ないと思うが箱根駅伝に出場する大学の指揮官は心得ている。

箱根駅伝が齎す影響力を誰よりも知っているし、自分の言動が与える影響も理解している。

ちょっとした判断ミスが、自分に降りかかるリスクも十分に承知している。

<箱根駅伝が持つ影響力>
箱根駅伝で優勝すると翌年の受験者数が跳ね上がる。あれだけ大学名を連呼されるとテレビ中継を観た受験生とその親の脳裏に深く刻まれる。もし、受験生が箱根駅伝に出場している大学としていな大学で進学先を迷っていたら…箱根駅伝に出場している大学を選ぶ傾向があるのは、心理学でも裏付けされている。他のどのスポーツ中継よりも遥かに影響力がある箱根駅伝のテレビ中継。視聴率は、30%を超える怪物番組である。実況中継するテレビ関係者にとっては、ドル箱の有料コンテンツであるのは間違いない。テレビ局関係者だけではなく全てのメディア関係者は、それを知っているからこそ利用する。レース中に飛び出す各大学監督の「名言」は、新聞・雑誌の見出しとして活用される。陸上関係者だけではない。他のスポーツや一般の社会でも多分に活用される。その「言葉」を見出しにした本を出版したり、講演活動もできる。箱根駅伝での「名言」は、正直に言って「金」になる。だからこそメディアは箱根駅伝を利用する。監督達の言葉を使ってブームを起こし商用利用する。

<箱根駅伝出場大学を指揮する監督たちの素顔>
様々な「名言」を口に出している監督達には、それほど深い考えはない。純粋に陸上競技を愛している方々である。箱根駅伝に家族と共に一生を捧げている方々である。駆け引きなく真面目に箱根駅伝と向き合っている方々である。だからこそ、今回の「男だろ!論争」に大八木監督を巻き込んで欲しくない。大八木監督は、純粋に自分のことを慕って集まってくれた学生達と向き合っている。親代わりとして「男になれ!」と言ってくれているだけのことである。それ以上の意味などない。箱根駅伝選手を指導する監督達の本当の姿は、極めて単純で不器用な男たちである。頑固オヤジである。飾った言葉など用いないで心と心の会話をする、人の痛みが分かる、思い遣りのある人間である。それは、テレビコメンテーターとして広く認知され「今の時代に合った最先端の指導をする人格者」として扱われている青山学院大学の原監督も同じである。本来は、不器用でカッコイイことなど言えない「かけっこ大好きオヤジ」である。彼らは、箱根駅伝出場校の最高指揮官としての姿を演じているだけ。大学のプライドを背負って必死に走る学生達を支える唯一の理解者でり、学生達の希望であり、支えであり、その瞬間に何よりも必要な存在である。如何なる見識者であっても、そこには立ち入ることなど出来ない。言葉の意味を理解することなど出来ない。理屈ではない。あるのは、4年間、親代わりになり責任を持って預かった学生達に「ここ一番の力」を与える愛情あふれる声掛けだ。莫大な資金を投じてテレビ中継をするのに値する「人と人との生き様」が、そこにあるから箱根駅伝は、97回も続いている。

多くの方々がご存知ないことがある。「箱根駅伝が特別なもの」的な立場で話をしている訳ではない。事実を述べている。前提条件としてそこにある背景を知らないが故にジェンダーやハラスメントを持ちだす。「箱根駅伝は、公共の電波を使って中継し、公道を使ってレースをして、視聴率30%稼ぐ国民的な番組。だから、箱根駅伝に出場している大学の監督には、一般社会のモラルを持って欲しい」と論じるのは、正しい見解である。正しい見解である反面、そこにある前提条件や背景を理解していない。

「男だろ!論争」を言いだした方々は、箱根駅伝の舞台に立っている学生達を一般の学生と同じように考えているのではないだろうか。中学・高校の部活動の延長。自分達が学生時代に汗を流した部活動と同じモノとして箱根駅伝を学生スポーツのひとつとして観ている。そもそも、その見識が間違っている。箱根駅伝は、中学・高校の部活動の延長線上には無い。箱根駅伝を走るのは、東京大学へ入学するのよりも難しいのをご存知ない。毎年、3000人近い学生が入学する東京大学。しかし、箱根駅伝には、毎年200人しか走ることができない。たった200人である。自分で選んで大学を決めて入学しても、その大学でレギュラーとして活躍できる保証などない。また、どんなに調子が良くても箱根駅伝選手登録時期に調子を合わせられないとチーム内選考を通ることもない。実力があるのは、勿論、運にも恵まれないと”あの舞台”に立つことはできない。限りなく奇跡に近い幸運に恵まれた学生が箱根駅伝で名誉ある校名を背負って走る。命懸けで陸上競技に打ち込み、命懸けで箱根駅伝を目指して何年も何年も努力してきた選手達が頼りにしているのは、両親でも家族でも友人でも中学高校の顧問でもない。4年間苦楽を共にして自分の成長を促し、見守り、背中を押してくれた監督のみである。その絶対的な信頼関係があってこその声掛けに見識者の一般常識を持ちだして論じて欲しくない。それが、当事者の本音である。「聴いていて嫌な気持ちがした」「自分が言われたら平気ではない」「女だろ!とは言われない」「職場で上司から同じことを言われたらドン引きする」。そもそもが間違っている。そう語る方々には、そういう師弟関係に恵まるチャンスがなかっただけのことである。そういう世界、そういう師弟関係を知らないのだから、理解出来なくて当然だし、正しく論じることはできないだろう。だからこそ、もっと温かい目で箱根駅伝に人生を懸けて挑んでいる「親子の会話」を聴いて欲しい。