走り込みという言葉を聞くと苦しいこと、辛いことというイメージを持ってしまう。

走り込みの概念が「根性練習」と錯覚してしまう土壌が日本の陸上界には存在する。

「走り込みをしないとマラソンは強くならない」

「持久力アップには、積極的に距離を稼ぐことが大事」

「長距離選手が強くなるには、どれだけ距離が踏めたか次第」

数十年前なら、その言葉を信じている選手は沢山いただろう。

監督の言われるままに40㎞や50㎞を来る日も来る日も走った選手は多い。

しかし、現在、マラソンで結果を出している選手の中には距離を踏まない選手もいる。

30㎞までの距離をレースペースで走る。それ以上の距離は踏まない。

その代わり、長い距離を走るからといってペースを落としたりなどしない。

10マイルを走るように20マイル走る。スピード維持力を身につける。

そこから先の力は、本番で出せばいい。シューズが助けてくれることも計算づく。

今の時代には、今の時代の走り方がある。今の時代のレース戦略がある。

カラダを痛めつけなくてもダメージを作らない高性能シューズがある。

故障のリスクを背負ってまで無理して走り込み練習をする必要などない。

「兎に角、距離を多く踏む。根性を鍛える。苦しさに耐える訓練をする。」

今は、そんな時代ではない。そんな練習をしても精神を鍛えることは出来ない。

ただ闇雲に距離神話を信じて沢山走っても期待するほど走力は上がらない。

逆に慢性疲労が蓄積してカラダが重く感じる。調子が上がらなくなる。

調子が上がらないのに更に走り込むから、どんどん調子が落ちる。

上手く走れないからバランスを崩したフォームになる。

それでも無理して走ると故障のリスクが上がるだけ。

走り込みに対してポジティブなイメージで走れる選手なら問題ない。

自分が好きで距離を踏み、楽しみながら数時間走るのは、全く問題ない。

リフレッシュ効果が期待できて調子を上げる目的なら定期的に行えばよい。

難しく考えないで、苦手意識を持たないで、ストレスを溜めないで走れるならよい。

歯を食いしばってカラダを揺らして走るような根性練習ではなく爽やかに快走する練習。

それが、今の時代に合った走り込みの定義であり、走り込みをする目的である。

高性能シューズの力を借りられる利点を活かして、これまでの常識を打ち破って欲しい。

選手だけでなく従来通りの指導を続けているコーチ陣の意識が変わることを期待したい。