メダリストを育てた指導者のノウハウの継承は、日本陸上界の財産となる。

①褒めて伸ばす
どんなレベルの選手でも指導者から褒められたら嬉しい気持ちになる。監督・コーチからの思わぬひとことが、後に大化けする選手に育つきっかけになったりする。闇雲に何でも褒めればいいと言う訳ではない。正しい目でその選手だけが持つ”頑張れる力”の芽を見つけて、そこを褒めて伸ばすことが選手の可能性を開花させることに繋がる。こんな話がある。市立船橋高校を全国高校駅伝優勝に導いた教員時代の故小出義雄監督。優勝テープを切ったアンカーの小池選手について、こういうエピソードを語ってくれた。入学して間もなく陸上部に入部した小池選手は、3000mを11分掛かるような選手だった。「なんで市船に来たの?」「どうして陸上部に入りたいの?」「陸上をした経験があるの?」という問いに「中学時代、僕は剣道部でした」「陸上はしたことがありません」「市立船橋高校は、今、駅伝を強化する為に選手を集めているから、陸上をしていたと調査書に書けば市立船橋高校に入れるって中学校の先生が言っていました」と悪びれる様子もなく素直に答えた。小出監督は、やれやれ…と思ったそうだ。当然、練習についていける筈もなく、いつもダントツ遅れて一番後ろを走っていた。女子選手よりも遅い”その選手”を見て「君には、陸上部は無理だから辞めて他の部活に入ったらどうだい」と小出監督は何度も言いたかった。しかし、どれだけ集団から遅れても、ダントツのビリを走っていても、一生懸命に頑張っている姿を見て、ついつい「君は、良く頑張るなぁ〜。うんうん、すごいなぁ~」と褒めてしまった。「練習がきつかったら無理をしなくていいんだよ」と声を掛けると「はい、ありがとうございます!大丈夫です。最後まで走ります!」と言って黙々と最後まで走り続けたそうだ。普通なら毎日一番後ろを走っていたら練習が嫌になってしまう。そして、自分から辞めていくものだが、その選手は、辞める様子は全くなかった。来る日も来る日も主力メンバーから遅れながらも諦めることなく必死に走り続けた。だから小出監督も「きみは、ホントにがんばってるなぁ~。すごいなぁ〜。強くなるなぁ~!」と褒め続けた。半年、一年、一年半が経過した頃、つけなかった練習にもつけるようになり、他の男子選手と一緒に走れるようになった。三年生になってからの伸びはすさまじかった。レギュラーメンバーに入る力をつけた。秋に出場した大学の記録会では、なんと、1万メートルを30分ひと桁で走りチームトップでゴールした。今から30年以上前の1万メートル30分ひと桁は、全国ランキングトップ争いができる素晴らしい記録であった。高校入学時の3000mが11分の選手が、褒められ続けた結果、1万を30分ひと桁で走れるようになる。そして、全国高校駅伝優勝のゴールテープを切る。こんなミラクルストーリーを小出監督は、高校教員時代から起こしていた。「いやいや、違うの。僕が凄いんじゃない。選手が凄いの。選手が頑張っているから、それを褒めただけ。毎日、褒めていたら強くなっちゃった。高校生の可能性って凄いなぁ~!あはははは!」と笑う。褒めることが如何に選手にとって力になるのかを思い知らされたエピソードであった。

〜「②限界を無くす」へ続く〜