(8月26日に投稿したものを再投稿)

男子の長距離界が盛り上がっている。

石田洸介(高3)、三浦龍司(大1)、吉居大和(大1)、遠藤日向(社会人)。

複数人の選手が好記録を出すことによる雰囲気の向上は男子長距離界に勢いをつける。

しかも、どの選手もスター選手ばかり。

彼らが走ると自然と応援したくなる。

彼らが走ると何かやってくれると期待してしまう。

そういう雰囲気を持っている選手が活躍をすると気持ちが高揚する。

中学・高校時代から活躍している選手が更に成長している姿は、感動さえしてしまう。

実績のある選手を預かったら、必ず、それ以上の結果を出させる指導者の覚悟。

そのプレッシャーは半端ではないだろう。

しかし、指導者としての強い信念と覚悟があれば、必ず成長させることが出来る。

早熟だったと言って自分の努力不足と考えの甘さを誤魔化したり自己弁護してはダメ。

何かが足りなかったから伸び悩んだだけである。

かつての実績を超える為の必死の努力をしていなかっただけである。

選手が中学時代の記録を更新できないのは、指導力が無いから。

高校時代の記録を1秒も更新できないのは、指導法が間違っているから。

そのように考えて自分を改めないと選手を集めても結局は潰してしまうことになる。

「選手の才能を開花させられないのは、自分の指導力不足。申し訳ない」

そういう自覚を持たなければ指導者としての成長はない

子供の才能を潰してしまうのは、指導力がない顧問の存在。

そして、子供を自分の近くに置いておきたい親の存在。

「地元では有名な先生」

「数多くの実績を残している」

「全国大会には何度も出場させている」

ハッキリ言って、そんな指導者は山ほどいる。

自分に都合よく家から通える場所に良い高校などない。

家から出したくない親と実績を上げたい顧問との利害関係が一致する。

そして3年後にこう呟く。

「うちの子は、早熟だった」

「あの子は、中学時代に練習をやり過ぎた」

「自分達は精一杯支えてきた」

「伸びなかったのは、中学時代に限界を迎えたから」

能力の高い選手を預かることへの覚悟がない指導者の元へ送ると100%潰されてしまう。

「あの子は、早熟だったから」で済まされてしまう。

そういう陸上界の風潮を変えなければ、これからも多くの才能が潰されていく。

石田洸介、三浦龍司、吉居大和、遠藤日向が成し遂げた快挙は日本の歴史を変える。

4人に共通しているのは、高校選びに成功している点。

高校選びは、その後の選手生命を大きく左右する。

石田洸介(東農大二高・群馬)は、福岡県出身。

三浦龍司(洛南高・京都)は、島根県出身。

吉居大和(仙台育英高・宮城)は、愛知県出身。

遠藤日向(学法石川高・福島)は、福島県出身。

地元では強豪校として知られる高校の指導者に上記高校以上の指導力があるだろうか。

学法石川は、全国屈指の強豪校である。

陸上の強豪県に全国屈指の強豪校があれば、当然、そこを選ぶだろう。

しかし、多くの場合、通える範囲には、そんな素晴らしい学校はない。

勿論、強豪校へ行かなくても強くなる選手は沢山いる。

公立高校へ通い、普通に部活をして強くなる選手は少なくない。

指導者の力など借りなくても自分で考えて練習をしてレベルアップする。

そういう選手は、自己の確立が出来ていると言える。

本来は、そういう選手こそ未来の日本代表になる資質を持っている可能性が高い。

しかし、多くの場合、井の中の蛙大海を知らずで終わってしまうことの方が多い。

自分が一番じゃなくちゃダメだという意識を変えられずに負ける試合を避け始める。

そして、「元々陸上が好きじゃないから勉強する」と言い訳をする。

「逃げ道を用意したい親」と「逃げ道を残しておきたい指導者」。

強豪校の指導者との覚悟の違いが、選手育成に大きな影響を及ぼしている。

そう考えれば、進路選択に迷うことはなくなる。

親が選ぶべき道は、ひとつである。

指導者がすべきことも、ひとつである。

選手を預かることへの覚悟がない指導者には、才能を開花させることはできない。

選手が伸びなかったことの言い訳をするような指導者には、今以上の成長はない。

指導者に必要なこと。それは、言い訳をしない覚悟。それだけである。

今の男子長距離界の勢いを止めない為にも、中学・高校の指導者にも成長が必要。

自分自身への意識改革をして、才能ある選手の育成に尽力してくれることを期待する。