アスリートの為の「セカンドキャリア教育が必要だ」いや、それ以前に「デュアルキャリア教育が大事だ」と、そこにビジネスチャンスを見出した企業が投資を始めている。

これは、勿論、必要なことだ。いかにトップアスリートと言えども、毎日24時間フルに練習をしている訳ではない。空き時間は沢山ある。その時間を使って「引退後に役立つ資格や知識を得る」ことは良い取り組みだと思う。

所属企業の勤務形態にもよるが、会社に出勤しないで練習のみをしている選手は、多くの時間を持て余している。一日3時間。一ヶ月90時間。一年1080時間。現役を十年続けると1万800時間。莫大な時間を何もせずに持て余している。ベテラン選手になれば時間の使い方が分かってくるので、自分のカラダを良い状態に保つ為にカラダのメンテナンスや個人トレーニングに時間を充てる選手もいる。しかし、殆どの場合、時間を有効に使っているとは言えないのが現状である。

陸上選手の場合、一日に4〜5時間は、何もしていない『空き時間』がある。

その『空き時間』を使って『引退後の人生の為のキャリアを磨く』というのが、フェンシング協会太田会長の考えだ。数年前から、そういう流れになってきてはいたが、協会をあげて明確に方向性を示したのは今回が初めて。発想は勿論、それを形にして行動に移したのは画期的なことだ。きっと、大きな流れを生むきっかけになるに違いない。

しかし、敢えて、ここで問題提起をしたい。アスリートのキャリア教育は「あとづけ教育」では難しいということを問題点を挙げながら話してみたいと思う。

問題点は、2つある。

1)ジュニア期の学習習慣の構築
 アスリートの中には、「学習習慣」がない選手が多くいる。中学生の頃から競技力に長けていて、実績をあげている選手は「受験」というシステムを一切経験せずに高校・大学へと進学していく。良く見かけるのは「うちの子は勉強が苦手で…」「練習が終わると疲れてしまって勉強どころではない」と平気でいう親の姿。「うち子は、兄弟すべてスポーツの特待生で大学まで進学している。勉強などしなくても大学に入れている。勉強が必要だと感じたことはない。」そう堂々と言う親を様々な競技で見かける。「うちの子は野球でプロを目指すので勉強は必要ない。」そう本気で思っている親を見ると「セカンドキャリア」「デュアルキャリア」と言う以前に、その基礎となる「学習習慣」をジュニア期に身につけさせることが重要な課題であると感じる。


2)監督・コーチ陣の理解
 もうひとつの問題は、まさに現役のトップアスリートが抱える問題。所属チームの指導陣が、どの程度、キャリア教育への理解があるかという点だ。実は「キャリア教育」については、10年以上前から既に取り入れようとしていた実業団チームがあった。朝練習から午後練習までの『空き時間』を使い、①エクセルの使い方、②パワーポイントの活用法、③語学教育、④プレゼンテーションスキルの習得などのカリキュラムを組んで『選手の為の社内教育』を行おうと試みた。しかし、先に述べたように『学習習慣』のない選手達は居眠りをするばかりで一向に『学ぶことへの意欲』を見せない。監督・コーチ陣も「そんなことをしても無駄だ」「そんなことをするなら、カラダを休ませた方がよい」と言って、否定的な態度を見せた。その結果、1ヶ月も経たないうちに、その試みは取りやめになった。「選手は余計なことをせずに練習だけに打ち込んでいれば良い」という指導陣の固定概念が変わらなければ、本当の意味でのキャリア教育は発展していかない。


<川淵キャプテンの言葉>
 「プロ野球選手、Jリーグ選手などが引退してから監督や解説者になれるのは、極々一部の選手であって、殆どの選手は、その後の生活に苦難が強いられる。「食べていくのも難しい状態」になる選手もいる。悪の道に誘われてチンピラまがいのことをする選手もいるのが実情だ。キャリア教育の構築が大事。」

Bリーグの川淵キャプテンも、アスリートのその先について非常に問題意識を持っている。それが、太田会長の行動力によって形になりつつある。それは、素晴らしいことである。その一方、先に挙げた2つの問題を解消するには、とても大きな壁が立ちはだかる。ジュニア期の学習習慣の構築と実業団チーム内でのキャリア教育の構築が出来てこそ、太田会長の取り組みが実を結ぶことになる。今後の流れに見守り、期待したい。